予期せぬ足音
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吹き下ろす風が木の枝を大きく揺らす。整えた髪が乱れ風に誘われるまま流れてしまうのをミルフィーンは必死に手で押さえた。
だがそれ以上に強い風は髪先をいいように遊ばせ、もはや元の形跡さえ解らないほどだ。仕方がないとポケットから紐を出し髪を
縛ろうとする手を横から伸びた手がそっと止めた。

「今は仕事の時間じゃないだろう?」

「そうだけど気になって」

「貸してみろ」

装飾された紐を片手に大きな手がミルフィーンの髪へと触れ丁寧に指で梳きだした。細かい作業は不得手そうにも見えかねないそれは
強く吹く風に捕らわれそうになる髪を上手く留め絡まりを解いて行く。その心地良さに誘われ瞳を閉じたがほんのわずかなで至福の時は
終わりを告げる。

「できたぞ」

紐と一緒に緩く編んだ髪が首に沿わされている。編んではいても仕事中とは違う髪型がきちんと自分の時間だと教えてくれた。

「ありがとう。乱れないし楽ね。自分じゃ適当になってしまって」

「気に入ったか」

「うん。本当器用よね、って言うか私が知らないだけか」

昔からルドにはいろいろとお世話になった。あらゆる事を何気なくこなしてしまうがそれを決して驕らない。周囲からも自然と頼りにされていて
常に忙しそうにしており自分の時間がかなり削られていたに違いない。それでも人が寄ってくることに嫌そうな顔を見せることなく本来の仕事も
滞らせることなくこなしてしまう。
普通なら嫌味とも取られるのに誰も悪く言う者がいないのは本人の資質や性格にもあるだろう。表情があまり大きく変わる方ではなく無愛想にも
見えるが頼られると嬉しそうにふと表情を緩めたりもする。皆そんな所を見れば嫌うこともできないのかもしれない。
自分から積極的に交わろうとする方ではない彼には文官の仕事が希望しているだけあって合ってはいるだろう。
だがそれよりもミルフィーンと同じような人に接する仕事や多岐に渡る分野の仕事の方が向いているような気がする。以前仕事の折に触れてみたが
口から出たのは今の仕事が好きだからと言う言葉だけだった。出世にも自分の興味がないものにも頓着がないのは惜しいことだがこればかりは
本人が決めることなので仕方がないだろう。

「それでルド、どうなったの」

「ああ、そうだったな」

ルドの口からポツリと言葉が吐き出される。どこか彼らしくない躊躇したような言い方だった。ミルフィーンは珍しく思いながらも彼の口から言葉が
出るのをじっと待つ。

「こちらに戻ることになった」

「しばらくいるんだよね」

「一時的に戻る訳じゃない。ずっと残ることになった」

「それってまた一緒に仕事ができるってこと?!」

もちろん部署は違うし関わりがあるかと言ったら仕事上ではほとんどないと言ってもいい。だがルドがこの城の中にいるというだけでも
心強いし勤務時間内にはまた語り合うことができるのだ。弾んだ気持ちがそのまま表情になってミルフィーンの顔へと現れる。
そんなミルフィーンをルドは黙って静かに見つめた後そのまま顔を俯かせてしまった。

「ルド?」

「……なんでもない。これからなんだが新しく仕事を覚えなくてはならない」

「え?前といっしょじゃないの?」

「俺の要望は聞いてもらえなかった」

「部署が変わるってこと?」

「文官としての仕事もあるんだがそれ以上のことを求められている」

一端言葉を切ると何かを思いきるように顔を勢い良く上げミルフィーンの視線をまっすぐ捉える。決意を込めたような強い視線と共にルドは
その先を告げた。

「第二王子の補佐につくことになった」



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