予期せぬ足音
        
 



両親とも宮中でしかも王族の身近で働くミルフィーンにとって城は第二の家にも近しい場所だった。城の敷地内にある我が家とは
もちろん比べ物にもならないが少なくとも何度も出入りをしている分だけ慣れているはずなのに女官見習いとして研修に来たその日は
とてつもない緊張をしていた。見知った風景が全く別の場所に見えるほどの。まして周りは大人ばかり。いくら大人達に囲まれた生活を
送っていたとはいえ慣れぬことに混乱しても仕方がないことだろう。一人泣きそうになっていたミルフィーンを救ってくれたのがルドだった。

「こちらだ」

言葉と同時に手を取られ引っ張られた。話しかける隙を与えられずどんどんと先を歩いて行く少年の強引ともいえる行動は普段の
ミルフィーンならとても怖く感じられただろう。だがこの時は何も聞かず不安を掻き消すほどの勢いがありがたかった。
これで随分と気持ちも落ち着き研修初日を滞りなく無事終えることができたのだった。



                             *

「あのっ」

ミルフィーンは部屋から出ようとしていた少年の手を声と同時に掴んだ。咄嗟の行動だったが相手は驚いた様子もなく静かに
振り返る。人の気配が分かったいたのだろう。同じ年頃だろうに落ち着いた物腰が少年を年齢以上のものに見せていた。

「何か」

「あのっ、今日はありがとう。緊張していて訳分からなくなっていたの。助かりました」

「俺も同じ場所に行く所だっただけだ」

「それでも本当に焦っていたから助かったの。おかげで落ち着けたし何とか無事終わることができたのもあなたが声を掛けてくれたからよ」

にこりと笑うと相手の顔が少し緩んだ。言葉は少ないしぶっきらぼうにも取られ兼ねない話し方だが不思議と怖いとは思わなかった。
合わせてくる瞳の柔らかさが優しさを伝えてくるからかもしれない。顔の表面に感情を大きく表すよりも彼の気持ちがよくわかるような気がした。

「私の名はミルフィーン。女官見習いで研修にきたの。よろしくね」

「ルドルフ、文官見習いだ。よろしく」

「文官?」

「そうだ。変か?」

「ううん、そうじゃなくて立派な体型だから別の官を希望していると思っただけ」

「よく言われる。体を動かすのは苦手じゃないが希望は文官だ」

困ったように軽くついた溜息にどうやら言葉以上の何かがあったように感じられる。身近にいる大人達よりは少し劣るがそれに準じる程の体型は
とても魅力的に映ったに違いない。鍛えれば何とかなると思うのも仕方がないだろう。だがそれ以上にこの落ち着いた言動が彼に視線がいくのを
止められないのかもしれない。もちろん文官だと言われるとそれも納得がいく。理知的な顔立ちはどこかカークに通じた所がある。年齢より大人びて
いるのも世継たる王子を思い起こさせた。

だからだろうか。
会ってすぐなのに安心できるのは彼以来だった。



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