予期せぬ足音
         
 



ルドの言葉が頭の中に鳴り響く。口が開いたまま発する言葉が見つからないミルフィーンを気に留めることなくルドは
変わらない表情のまま淡々と先を続けた。

「だがまだ仕事の何たるかもわかっていない状態だ。しばらくは他の者に付いて教えを乞うことになるがそれが終われば
 すぐにでも側で動くことになるだろう」

「それはいつから」

「遅くとも1年以内には」

「1年……」

長いようで短い期間だ。補佐の仕事をするにはあらゆることに精通していなくてはならない。いや、それよりも王子の側に付く者として
不測の事態が起こったとしてもいかにそれを捌けるかが要求される。頭の回転が速いだけでなく護衛としての力も不可欠だ。
いくら王宮内の状況に詳しく仕事面で優秀であったとしても相当な努力と時間が必要なはずなのにそれを1年で成し遂げなくてはならぬとは
強引ともいえる。今のランドルフの状態がそれほど不安定なものなのだろうか。

「ランドルフに何かあったの?」

先日ミルフィーンと顔を合わせた時にはこれといって変わった様子はないように見られた。もちろんいくら身近に接していても全てを話せる
訳ではない。ただ素直な彼は隠し事が得意ではないため、すぐに何かがあったのだとわかってしまうのだ。

「いや、何もない。この話はカーク王子から頂いた」

「カーク様が」

世継ぎの王子としてカークにはすでに補佐をしてくれる者が何人かいる。ランドルフにはカークのような人数はいらないだろうがそれでも
将来国を支える者として一緒に歩んで行く者が欲しいのは事実だ。文官はこの城にもたくさんいるが年齢が近く優秀で使える者となると
どうしても限られてしまう。それ故、カークはルドのことを自分専属に近いくらいに多用していたのだ。いずれルドもカークの補佐に付くものと
思っていた。それなのに何故ランドルフの補佐へと任命したのだろう。

「カーク王子にはすでに優秀な者がたくさんいる。今はこれ以上は必要ないだろう。だから俺に第二王子に付くよう頼まれた」

どうやら自分と仕事を共にすることでルドの執務能力を計っていたらしい。もちろん人となりも見ていただろうが、と軽く笑う。

「でも……」

「第二王子が俺を承認することはないか」

言いかけて口を噤んだミルフィーンを気遣いながらもルドは濁すことなく放った。ランドルフのルドに対しても態度はとても褒められたものではない。
臣下なのだから多少厳しいものであっても仕方がないのかも、と言えるものではない程徹底している。他の者に対してこのような態度を取らないのだから
余計わかるし、本人にも当然わかっているだろう。

「ランドルフ本人は知っているの?」

「カーク王子が直接話されるそうだ。それにいくら第二王子が拒否したとしてももう決定事項となっている。もちろん、俺にも断る権利などない」

普通なら王子の補佐という将来を約束された役職に抜擢された時点で誉れとも思えるものだ。だが、お互いの関係の微妙さが初めからわかっていて
喜べるものだろうか。あまり感情が表に出る方ではないルドの表情は話していた時より一層表情が消えているようだった。

「心配しなくてもいい。俺は元から断るつもりはなかったしいずれ第二王子とは決着をつけねばと思っていた」

「決着……?」

あまり接点のなかった二人だ。唯一あったとしたらミルフィーンを挟んでいる時だった。だがその時もお互いが自ら進んで話を交わす所は見ていない。
仕事を命じる場合には厳しい態度を取ってはいたがそれ以外目立って何かがあったという訳ではなかった。

「いくら王子の命といえど簡単に好きなものから離れることなどできないし従う理由もない」

己に言い聞かせるように呟くルドに顔を向けると優しい瞳とわずかな微笑みが返ってくる。
いつもと変わらないはずのそれはこれからの微かな波乱を予期させるようなものに感じられたのだった。



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