予期せぬ足音
2
「どうしたの?今日はご機嫌ね」
机の上に並べられた焼き菓子を選びながらマリオンはミルフィーンへと問いかけた。
木の実の入ったものを一口で食べてしまうとにっこりと微笑む。本当なら行儀が悪いことなのだろうが誰から見てもおいしそうに
食べられてしまっては注意がしにくくなってしまっても仕方がないだろう。ミルフィーンは小さく苦笑するとマリオンのカップへと
新しくお茶を注いだ。
「わかるかしら?」
「もちろん。何だか心ここにあらずだし」
「えっ?ご、ごめんなさい」
「大丈夫よ。ただ怪我だけは気をつけてね」
「ありがとう。でも私もまだまだね、こんな風にわかっちゃうなんて」
「私と二人だけだから気にしなくていいわよ。でも何かあったの?」
姿勢を正すとミルフィーンを真正面から見つめて聞いてくる。マリオンの口調は軽いが眉を顰めほんの少しの表情の陰りも
見逃さないかのように真剣だ。
「ええ。実はね、ルドに会ったの」
「ルドってあのルド?あれ、今別の所にいるんじゃなかった?」
「それが戻ってきたんですって。でもマリオンも知らなかったのね。今日会う約束をしているの」
「そう、帰って来たの……時間ができたら会いたいって言っておいてくれるかしら」
「伝えておくわね。ルドもきっと喜ぶわ」
嬉しそうに笑いお湯を持ちに続きの間へと行くミルフィーンの背中にマリオンはそっと溜息をついた。
「私はルドのこと気に行っているけど向こうはミルフィーンが感じているようには思っていないでしょうね……
まあ、邪魔はしていないし何も言っていないから邪険にはしないだろうけどいつ態度が変わってもおかしくないかしら。
でもミルフィーンも全く気が付かないなんて少しルドに同情してしまうかも」
ゆっくりとお茶を楽しむところではない事情を知ってしまったマリオンはこれから先に起こり得ることを思うと深くため息を
ついたのだった。
*
調理場での片付けが終わるとミルフィーンは一つにまとめていた髪を解いた。仕事をしている時には邪魔になることも多いので
下ろしていることは少ない。マリオンにお願いされた時や特別な行事があったりする時だけと決めている。それに髪を自由に
することで自分の時間に入ったことが認識できるのでちょうどいいのかもしれない。鏡に自分の姿を映して変な所がないか
確認すると調理場の扉を開けた。
「終わったのか」
扉を開けた途端に掛けられた声に驚くことなくミルフィーンは声がした方へと微笑んだ。
「待たせてしまった?」
「いいや、今来た所だ」
ルドは寄り掛かっていた壁から背を離すと何も言わず歩き出した。何も聞かずその後ろへミルフィーンも続く。他から見れば言葉もなく
勝手に行動する彼は相当わかりにくく扱いずらいことだろうがそこに隠されたさり気ない優しさは目立ったそれよりもより嬉しさを感じさせて
くれる。本当は今日もミルフィーンが来るかなり前から辺りで待っていてくれたに違いない。だがそれを気が付かせないようにどこかで
時間を調整しながら様子を見に来ていたのだと思う。ミルフィーンが調理場に入った時にはその姿がなかったのに時間を指定していないのに
まるで合わせたかのように外で待っていたことがその証拠だ。
「ここでいいか」
大きな木が中央にある城の中庭の一角のベンチを指すとルドは足早に近づき服の中から出した布でざっと拭き座るよう促した。
「どうした?」
いつも持ち歩いている何枚かの布がさっそく出てきたことに思わず小さく噴き出す様に笑ってしまう。以前と変わらない彼の様子は
どこか自分でも気付かず緊張していたミルフィーンの気持ちを解してくれる。
「おかしい奴だ」
だがそんなミルフィーンに気を悪くした様子もなく何がおかしかったのかわからないと首を傾げながら訊ねるルドの顔はどこか幼さも感じられて
より一層ミルフィーンの笑いを醸し出した。
「ううん、何でもない。ルドだなって思っただけ」
「もちろん俺だろう?」
どこか呆れたようにしているルドを見ていたミルフィーンが自分の肩からすっかり力が抜けているのに気が付いたのは大分たってからのことだった。
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