予期せぬ足音
1
白に青、淡いピンク色の花が籠から溢れるように咲き乱れている。そして小さめの籠の底には深い色の果実がいくつも顔を
覗かせていた。
「これくらいでいいかな」
ミルフィーンは両手に籠を持ち傾かないようにバランスをとりながらそっと曲げていた体を元へと戻した。
同じ姿勢を無理して保っていたせいか背中に微かな痛みを感じる。城の中にある果樹園は手入れされているため自然のものより
実を収穫しやすいがそれでも普段しない体勢を取るため体に負担はどうしてもかかってしまう。だが新鮮なものを手に入れる為に
少しの労力と痛みは仕方がないものだ。
それにこれくらいのことで幸せそうな笑顔を見ることができるのならば大した事はない。あとはその笑顔がよりいっそう輝くような
ひと工夫とひと仕事をするだけだ。
甘酸っぱい香りに心地よく鼻をくすぐられながら花の飾り方やどんなお菓子を作ればいいか考えながら足を前へと進めていたが
夢中のあまり外から城の通路へと入る所にある段差に気付かず足を取られてしまった。
「あっ」
体が勢いよく前へと傾くが両手が塞がれているために体勢を保つこともできない。このまま来る衝撃を覚悟して思わず
目をつぶってしまったミルフィーンだったがいつまでも予想していた痛みが訪れない。
代わりに肩に感じる温もりから誰かが倒れるのを止めてくれたのだとわかった。
「大丈夫か?」
「はい、すみません。ありがとうございま……」
気遣う声に顔を上げながらお礼を言うミルフィーンの言葉が途中で止まる。見開いた瞳に映ったのここしばらく見ていなかった人の
別れた時と変わらない姿だった。
「ルド……?」
「久しぶり、ミルフィーン」
「本当にルドなの?」
「疑っているのか?もちろん俺だ」
ミルフィーンの肩から手を離し右手を差し出す。その中指には青く輝くリングがはまっていた。
「ルド!」
思わず抱きつこうとしたミルフィーンを青年、ルドは視線を強めることで制止する。
「待て。今両手にあるものを忘れてないか」
勢いよく振られた籠から花びらがわずかに零れ落ちる。慌てて籠の中身を確認するミルフィーンの様子にわずかに笑むと
籠の一つを手から取った。
「貸せ」
隣に並ぶと先を促すよう歩き出す。余分な事は言わないがゆっくりとした歩調にミルフィーンへの気遣いを感じる。
そんなルドの変わらない姿は先程まで泡立っていた心を落ち着かせてくれた。
「明日、時間は?」
いつの間にか調理場の近くに来ていたことに気付かずにいたミルフィーンに籠を差し出しながら問う。
「夕方からなら」
「相変わらず忙しそうだな。時間の限が付いた時でいい、来てくれ。ここで待っている」
「じゃあ、こっちにしばらくいるの?」
「呼び戻された。人が足りないらしいが詳しいことは明日話す」
「うん、楽しみにしてる」
余分な一言はなく、言うなり颯爽と通路を戻って行く背中に声をかけるとミルフィーンも自分の仕事をするべく調理場への扉を開けた。
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