運命の夜 
      2 



迫り来る森の木々をものともせず、は走り続けていた。

その速さは尋常ではない。明りといえば薄暗く輝く月の光しかないというのに躊躇することなく前へと進む。
足元を取られることなく、森の奥へ向かうの表情は緊張に強張っていた。

「私にできるかしら。いいえ、できないなんて言っていては駄目。
 レディオンを失いたくないのなら私にできることをしなくては!」

ヴォルフガング本家の長男であるレディオン。
幼い頃から本家を訪れる度に一緒に遊んでいた。一つ年下の彼はにとって心を許すことが出来る大切な存在だった。

ヴァルフガングに属するものはたとえ女であろうとも心強く実力を伴わなくては認められない。
旧家であるがために様々なことに縛られる。自分と年齢が近い子供がレディオンだけと言うのもあったがそれを除いても
実力を優先としそれに値しないものは切って捨てる的な考えを持った
一族の他の人間をどうしても好きになれなかった。

後を継ぐという立場であるにも関わらず、レディオンの考えは柔軟で思考と感情が縛られるということはなかったが、
それを正式な場で出すことはできないでいた。

。俺はおまえといると俺でいられる。無理をすることなく心を開放することができるんだ」

自分の思いを曲げてまで従わなくてはいけなかった時もレディオンだけはの気持ちを汲み取って労わってくれた。

その言葉でどれだけ心が軽くなっただろう。

自分一人がおかしいのではと考えたこともあったがそんな自分をそれでいいと言ってくれたのはレディオンだけだった。

それなのにこんなことで命を落とさせる訳にはいかない!

「絶対に失わせないっ!」

他の者が彼が運命へと従うべきだと望んでいたとしても、それが間違いなのかもしれなくても
いくら自分の身と心が傷つこうとも必ず守って放さない。

レディオンが大切なのが一番だけどそれだけだなんて嘘はつかない。
私には自分を守ると言う保身の心もある。

だから行くの。まだ何も知らなかった頃の私。あの頃の私が受けたような衝撃を受けさせてはいけない。
必ず止めて見せる。もう一人の私とも言える存在が過ちを起さないように。



                               *

「レディオン!!」

木々が途切れた空間、円形に空いた場所にいたのは捜し求めていた人物だった。
正気が半ば失われていても幼い頃から遊んでいた場所へと自然に足が向かったのであろうか。
だが本来の彼には戻っていない。レディオンはが呼んだ声に反応することなくその場に蹲り苦しんでいた。

「もう大丈夫よ、もう大丈夫だから一緒に帰りましょう」

諭す様に話しかけながら近づいて行く。

気配に気づいたのだろうか。の言葉に顔が上がり体が揺れた。

「くっ」

一瞬の間に体が動いたかと思うとすれ違いざまに鋭い痛みが襲った。

「痛っ」

構えていたはずなのに避け切れなかった。
衣服を引き裂き、左の肩の付け根に走るのは数本の傷。そこからゆっくりと血が滲んでくる。
だが、は痛みを紛らわすように深く呼吸をすると月明かりに浮かび上がるその姿を見据えた。

「レディオンッ!」

ビクリと揺れるそこには……金色に輝く狼の姿があった。


                                                        2周年記念作品
next 分岐 3 銀朱の未来(一部特殊設定あり)   3 誓いの夜   back   月と焔の物語top