運命の夜
      3 誓いの夜 



ヴォルフガングの血を受け継ぐものの姿がそこにあった。
銀朱の光を浴び、躍動的な動きを予想させる姿はそこだけ切り取ってでもいるかのように際立っている。
だが、それだけではない。
この国が生まれる以前から続く一族の、目には見えない圧迫感とも取れる何かが
同じ一族であるさえも圧倒していた。

「レディオンッ!!」

苦しむレディオンは狂気に犯されたようにもがき、周辺のものを破壊している。
しかし苦しみに囚われているうちはまだ意識を奥底に沈むものに支配されずにすんでいるのだから
まだ良いとも言えるだろう。

本当に恐ろしいのはレディオンが自分を見失った時。
その時には過去の記述にあるように破壊と殺戮の世界が現れるのだ。

「レディオン、大丈夫よ。あなたを傷つけるものはここにはいない。だからお願い。ここに帰ってきて」

ヴォルフガング本家にあるものは何もない。
誰からも何からも縛られることはない。
ここにあるものは自由、ただそれだけ。

「ゥ……ァ…」

苦しむレディオンの姿を見たの瞳に決意の光が宿る。
運命から逃れようとしていた己に別れを告げ、新たなる宿命とも呼べる繋がりへと向かうために
覚悟を決めた。

「苦しみを与える銀朱の月。今までもこれからもその苦しみが途切れることはないかもしれない。
 でも変わることができる可能性があるのなら……銀朱の月よ。今こそ私に力を」

の元へと集まるように銀朱の月の光が地上へと降り注ぐ。
瞳を閉じたを包み込むように朱い光が覆うと次の瞬間、爆発的な光の洪水が辺りを満たした。



痛い。全てがバラバラになりそうなほどの痛みが全身を駆け巡る。
意識を保つのも難しい。立て続けに襲う痛みは自分と言う人格をどこかに葬ってしまいそうだ。

レディオンの感じているもの。
全身を覆う痛みだけではなく、自分を見失いかねない、とてつもなく膨大な恐怖が次々と襲ってくる。

「こ……れが同調……」

もう一つの姿を持つ者と波長・感情が合い、一族の血を受け継ぎし者に表れる現象。
銀朱の下に集いし者の結末は過去の歴史を紐解く限り、あまりいいものとはいえなかった。

それでも大切な存在を守るためには怖れていては始まらない。
たとえ自分の身が傷つこうとも自分だけにしかできないことなのだから。

「私は前へ踏み出すわ」

痛みに耐えながらはレディオンへと近付くと蹲るその姿を包み込むように抱きしめたのだった。



                                *

……?」

「よかった!レディオン、気がついたのね」

レディオンの瞳に映るのはうれしそうに微笑むの姿だった。
耐え切れないほどの痛みが全身を襲ってからの記憶が消えている。
だが、自分を襲った運命が何だったのかレディオンにはわかっていた。

「俺は銀朱の呪いを受けたのか」

見下ろす自分の姿は普段の自分とはかけ離れている。それでもこれももう一人の自分だとわかっていた。
そして自然と流れてくる意識が教えてくれる。

……おまえが俺の同調者か」

本当はいて欲しくなかった。
自分がもう一つの姿を持つとわかった今、同調者の存在は重い。

自分の受けたもの全てを受けてしまう、感情や痛み、そして運命全てを担う。
自分一人を背負うだけでも精一杯なのに二人、そして自分の大切な人の運命さえも背負うだなんて。

「……!」

押しつぶされそうな感情から俯くレディオンをそっと温かな体温が包み込む。
の心がそのまま伝わってくるような温かさだった。

「考え込まないで」



「私は大丈夫よ。ヴォルフガングの血を意識した時からいずれこの時がくることはわかっていた。
 自分が背負うのか、共にするかのどちらかだろうって。
 悩まなかったことなんてないし、この運命から逃れたいとも思った。
 でも、思っていても逃れられないことも覚悟をしていたの」

さみしそうに呟くが本当はこの運命を受け入れることに必死なのが伝わってくる。
そんなに思わずレディオンは身を寄せた。

少しでもその寂しさが埋まるように。

「……ありがとう」

何も言わなくとも伝わるものがある。

幼い頃から一緒だった。
それだけではない、レディオンとの同調によって生まれた新しい絆が。
不安気に寄り添うレディオンに微笑むとは表情を改め、過去の記述に則り誓いを告げた。

「ヴォルフガング一族の一員は我が同調者、レディオン・ヴォルフガングと共にこれから先
 苦難を乗り越えて行くことをここに誓う」

!」

深く輝く銀朱の月は普段と違い、見守るように光を振りそそぐ。

運命という重みを背負わせながらも一人ではなく二人で乗り超えて行こうとする未来へと向かうその姿へと。



                                                 2周年記念作品
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