運命の夜 
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深く暗い夜は続く。
もたらすものは幸福ばかりではないけれどその中にも小さな幸せを見つけることはできた。
これはそんな時間に訪れた銀朱の夜の物語。



                             * 

夜は深く、静寂に包まれていた。
淡黄の時は終わり銀朱の時へと移った夜は、ほんの少し穏やかさを残しながらもどこか不安感を沸き立たせるような
感じにさせられる。

銀朱の月は運命の月。災いと戸惑いと苦しみをもたらす。
しかしその時を乗り越えることが出来ればその者にとって何かを得ることができると言う。

何者も逃れることはできない。宿る血が逃れることを許さない。
ヴォルフガングの名を持つもの故に。



                               *

様!どこへ?!」

切羽詰った状況の中、混乱している屋敷の者達に指示を出しながらもヴォルフガング本家の執事ウェルスは
の行動に気がつき声をかけた。
本家の当主や一族の当主達が緊急で会議をしている今は現場の指示はウェルスに与えられている。
いくら一族の者だとしてもまだ実権を与えられていない少女に勝手な行動をされて、より事態を悪化させられては
たまったものではない。
はちゃんと責任感を持った少女ではあるが全てを解決する力は無い。手助けをしてもらう分には助かるが
余計なことをしてもらっては自分の仕事が増えるだけだ。
そう思い、を引き止めたウェルスに返ってきた言葉は意外なものだった。

「私が行きます」

決意を込めた厳しい表情。普段明るく優しい少女からは想像も出来ないほどの覚悟が感じられる。
仲の良い従弟が苦しい状況に陥っているのを見過ごせないという気持ちはわかるが気持ちだけで事態が変わるかと言うと
そんなにことは甘くはないのだ。
ウェルスはを諫めようと口を開きかけたがそんな彼の様子を悟ったのか口を開く前に少女が言い放った。

「私しかできない。私しか彼を救えないのっ」

揺るぎない言葉の力と表情がウェルスを捉えた。
誰にも覆すことが出来ない程の気迫が伝わってくる。圧倒されてしまう。
だが、そうだとしても簡単に彼女を追いかけさせる訳にはいかない。通常の事態ではないのだ。
この辺りには慣れているから探すことはできるかもしれないが、ただそれだけでは何の解決にもならないのだから。

「レディオン様は森へと向かわれました。錯乱している状態で入ったらどうなるとお思いですか!?
 不用意に森に住むもの達を刺激しかねない。そこにあなたが行った所で危険と混乱が増えるだけだ」

「忘れたの?」

様……?」

「忘れたの?ウェルス。今宵は銀朱の月の夜……知っているでしょう?」

ゆっくりと微笑む。
まるで別人と言ってもいいような、艶やかで視線をあわせたものを捉えて離さない、そんな怖さのある微笑み。

「ウェルス」

意識を飛ばしていたのだろうか。
自分を呼ぶ声にはっと気づくとウェルスは少し強張った表情で頷いた。

「……わかりました。私は屋敷の混乱を治めることに全力を尽くします。
 レディオン様を、よろしくお願いします」

「わかりました」

身を翻し、玄関へと向かう少女に先程の重苦しくも艶やかな気配はない。
ウェルスは自然と硬くなっていた体から力を抜いた。

「年齢や性別など関係ない……さすが、ヴォルフガング一族一員ということか」

無事のお帰りをお待ちしています。

ウェルスはその背中に呟くと振り切るように自分の仕事を全うすべく踵を返したのだった。



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