運命の夜 
      3 銀朱の未来 



「ゥ……ァ…」

「私よ、よ。レディオン、大丈夫だから落着いて。ここに帰ってきて」

苦しむレディオンに必死に呼びかける。
先程までの全てを壊してしまいそうな狂気はの声が届いたのか少しずつ
治まってきているようだったが、まだ自分を取り戻すまでは行っていないのだろう。
このまま時間をかければ危険な状態に再び陥ってしまいそうだった。

「レディオン、お願い。自分を見失わないで」

このままでは駄目だと見て取ったはギュッと両手に力を入れると覚悟を決めたように空を見上げた。

の元へと集まるように銀朱の月の光が地上へと降り注ぐ。

「銀朱の月よ。お願い、力を貸して」

その言葉に答えたのだろうか。
瞳を閉じたを包み込むように朱い光が覆うと次の瞬間、爆発的な光の洪水が辺りを満たした。



                             *

痛い。全てがバラバラになりそうなほどの痛みが全身を駆け巡る。
意識を保つのも難しい。
立て続けに襲う痛みは自分と言う人格をどこかに葬ってしまいそうだ。

「………ォン」

途切れ途切れに聞こえてくるのは何の音なのだろうか。
痛みの中にありながらもその音だけはどこかレディオンの意識をこの世へと繋ぎとめているようだった。

「レ……ィ……ン」

音……いや、違う。誰かの声?
ここち…い、い…。やさしい…こえだ…。

「レ…ィ…オン」

……呼ばれている?いったい誰が……

「レディオンッ!!」

自分を呼ぶ声にレディオンの意識が一気に表面へと浮き上がる。

この声……この声は!



痛みを堪えながら必死に開けた瞳の先に映ったのは自分の良く知る少女の声であって
少女の姿ではない存在だった。



                           *

……なのか?」

信じられない。確かに自分の良く知る少女の声だ。
だが目の前にいるのは見たことがないもの。

「白金の狼……」

しなやかでそれでいて力強さも感じる一匹の狼の姿がそこにあった。

幼い頃から一緒にいたからわかる。いくら姿が変わっていても本質は変わらない。
そこにいるのはに違いなかった。

「今まで黙っていてごめんなさい。
 あなたにはこのまま言うつもりもこの姿を見せる気もなかった。でも……」

「どうしてっ、どうして言ってくれなかったんだ!俺がそれで変わるとでも思ったのか!?
 を嫌いになる訳なんてないのにっ!!」

「違うっ!違うわ!レディオン、聞いて。理由があったのよっ」

「理由?理由なんて!」

「私が言わなかったのはあなたも私と同じになる可能性があったから、
 私が話すことによって同調するかもしれなかったからよっ」

「同調?そんなこと……」

「知っているでしょう。ヴァルフガングの血を引くものは互いに影響を受けやすい。
 血が近いというだけでなく、気持ちが通い合っていればいるほど余計に。
 ……私がこのもう一つの姿になったのは2年前のこと。
 あまり本家にいかなくなったわよね?
 それはあなたも私と同じ道を辿ることになるかもしれなかったから。
 私はあなたを私と同じ苦しみの道を歩んで欲しくなかった」

結局はこういう結末になってしまったけれど……

悲しそうに呟くにレディオンは自分の姿を見つめる。
髪と同じ金色の毛が体を覆い手には鋭い爪が生えている。

それだけではない。夜の暗闇だというのに昼間と同じように辺りを見ることができ、
耳にはどんな小さな音までも聞こえてきた。

「これがもう一人の俺」

「そう、それがあなたのもう一つの姿。ヴァルフガングの血の形が現れている」

体の痛みはもうない。だが、心の一部はどこか痛みを伴っている。
満たされない泉のように終ることがない。気持ちの飢えが痛みとなって襲い掛かっているのかもしれなかった。

「だけど私達は幸せだわ。こうして痛みと苦しみは抱えてしまうかもしれないけれど
 知ることができないはずのことを知ることができるから」

……」

「最初は苦しかった。なんで私が、って思ったわ。
 でも本当は私は解放されたの。縛られない自分になることができた」

囚われない、自分という枠からも。
この姿でいる時だけは自由になることができた。

銀朱の月は呪われた月であると思っていたけれどそうじゃなかった。
自分をしっかりと持っていればどこまでも行くことができる。
どこまでも自由でいることができる。

それに……

「私は一人じゃない。
 あなたにとっては不幸かもしれない。不謹慎かもしれないと思う。
 それでもこうなった今、私にはあなたが傍にいてくれることがうれしい。
 あなたが私と共にいてくれることが」

このままでは一人でいるしかないと思っていた。
ずっと一緒にいたはずのレディオンが自分から離れていくのをただ見ているしかないと。
心が通っていた分心が切り裂かれそうに思えるくらい、離れなければいけないことが苦しかった。

心が自由になれたはずなのにいつも求めていたのはレディオン、あなただった。

二つの朱い瞳が見つめあう。寂しさと悲しみと喜びに満たされた瞳が。
瞳を外すことなくレディオンはへとゆっくり近付く。

「……俺にはまだ現実を全て受け入れることが出来ない。
 それでも本家の血を引くからにはこの運命から逃れることはできないのだろう。
 だったら、。おまえが俺の傍にいてくれることがうれしい。
 たとえ苦しみや痛みが訪れようともおまえがいるのなら俺は乗り越えていける」

「レディオン」

二つの金色の姿が静かに寄り添った。
深く輝く銀朱の月の光は見守るように振りそそぐ。

運命という重みを背負いながらも解き放たれ自由になることができた幸せへと向かうその姿に。


                                                       2周年記念作品
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