プロローグ



月の光は魔力に満ちている。
それは抗いがたい魔法。
ひとたび捕まれば呪縛にかかり、抜け出すことはできない。

そう……まるで光の檻に閉じ込められてしまったように。



                   *

「準備はできたかい」

先程から家中をウロウロと落ち着かなく動き回っていた父が心配そうに声をかけてきた。
これから半年間、父とは離れた生活を送ることになっている。
以前から心配性ではあったが、母が死んでから余計に拍車がかかってしまった。
うっとおしいと思えなくもないけれど、まあ、無理もないかもしれない。

私がまだ赤ん坊だった頃、母は私を連れてこの国へとやってきた。
昔から、この閉鎖的な国では他国の人をほとんど見ることもない。
小国のうえに他の国からは隔離をされたかのように、周りは深い森や険しい山々、大きな湖にかこまれ、
外から来ようにも簡単には来られないようになっていた。
つまり来るのにも、また、出て行くのにも生半可な覚悟ではできないのだ。

何故そんなところに母はやって来たのか。
いずれ話すとしながらも結局は話さないまま、去年病気で死んでしまった。
そこに深い理由があったのかどうかなんて今となってはどうでもいい。

だって私は記憶のない生まれた国よりも、物心つくころから過ごしてきたこの国の方が何倍も愛着があるから。

もちろん、いい思い出ばかりではないけどね。
それでも、この国以外には私の母国と思える国はない。

それに私はもう父の娘だ。
実の娘ではないのに父はそんなことは関係がないと接してくれた。
他の人々が母と私をよそ者扱いしていたときでも変わらずに大事な家族だと。
母が死んで私は血のつながらない厄介なお荷物にもなる存在だったのに。

うれしかったし感謝もしている。
しかし限度というものはあるはずだ。
私だっていつまでも弱いばかりの子供のままじゃない。
黙ってみているだけじゃすまないことだってあるし、実際、それなりの反撃と言うか自己主張はしてきたつもりだ。

だから心配なのはわかるけど、いいかげん現実をみてよ。 父さん!



                     *

「本当に大丈夫かい?」

「もうっ!大丈夫よ。それにたったの半年だし。私がいないほうがかえって父さんも息抜きになるかもね」

心配そうな顔でいつまでたっても離れそうにない父に言い聞かせるようにしながらも軽く言葉を返す。

「でも心配だよ。決していい気分のことばかりじゃなかっただろう?
 今までおまえがどんなにつらい気持ちになっていたかと思うと」

「ありがとう、父さん。その気持ちはとってもうれしいわ。
 でも、私だっていつまでも言葉一つに囚われているつもりなんてないし、それにそういう人達って人のことを
 とやかく言って自分が優位に立っていたい気持ちが強いの。そうやって自分の位置を確認したいみたい。
 怒れるっていうよりも逆にかわいそうなくらいよ。気にしているこちらが馬鹿をみるわ」

そのときは自分を守ることに一生懸命になっていたからわからなかったけれど、時間が経つにつれなんとなくわかってきた。

……これも経験を積んできた、年をとったってことかしらね。
などと年齢の割には経験豊富な少女は割り切った答えをだした。
漠然と今までの出来事を思い返しながら自分の世界に入っていると、父が少し複雑な顔で私を見つめていた。

「強くなったのを素直に喜んでいいものかどうか。まあ、これならそう心配することもないかもしれないな。
 ……そろそろ時間だ。おまえとしばらく会えないのは寂しいが、ご迷惑をかけないようしっかり務めを果たしてきなさい」

父は半分苦笑いを浮かべながらも私の肩に励ますように手を置いた。
肩から父の優しい気持ちが伝わってくる。

「はい!行ってきます」

16歳の誕生日。 この日から良くも悪くも私の人生の第一歩といえる日が始まったのだった。



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