リュークエルト・ドラグーン編
                第一話



自然に囲まれた国―フィンドリア。

この国はその厳しいほどの自然環境がために他国からの侵略を長い間免れていた。
他の価値観がまったく入らないその独自性は、国造りとしても生きており、様々な習慣があちこちに残っている。
フィンドリアは昔からの王制で、王を支える人々の精神は少しも変わらずに現在(いま)へと引き継がれていた。

特に国の中心たる役職は、ほぼ例外なく国民少数派の貴族たちが勤めている。
本人の資質・実力を考慮し、決して血統だけで選んでいるわけではない。
貴族しか役職に付けないという噂も飛んではいるが、もちろん、一般の人々も条件さえそろっていればなることができる。
だが、権力だとか金銭的な関係からいくと(少々俗物的だが)どうしても一歩引かざるを得ない。
それでも一般の者にとって国の仕事に就けるのは名誉なことなので、他の仕事に就きながらチャンスと運さえあれば
取って代わろうと虎視眈々と狙っていた。

しかし、役職に空きがでたとしてもすぐに役目につけるわけではない。
いかに国のことを知り仕事に関して理解しているのか、ある程度の見極めが必要となる。
そのための予備軍とでも言えばいいのか、役職ごとにいくつかの下部組織があった。
いくら主力には劣るとはいえ、その中での競争は非常に激しく脱落者も毎年数人は出ている。
年齢も関係なく、実力のあるものだけが残り続ける完全な弱肉強食の世界だった。

国を愛し、仕事を愛し、なおかつ実力のある者。
フィンドリアの柱となる人々が中心たる機関に集まっていたのであった。

だが、貴族というからにはやはり男性主権の世界となってもやむを得ない。
むろん女性がまったくいないという訳ではない。だが体力という点においてどうしても女性が不利となり数が
減ってしまう要因となっていた。
そのためなのかどうかはっきりとした理由はわからないが、昔からフィンドリアでは女の子が16歳を迎えると半年間、
国の機関で働くことが義務付けされていた。

単に男性ばかりの所へ色取りを加えたいという失礼なことだけではない。
国の中心機関に来たからにはいくら若かろうが女性だろうがそれ相応の働きは求められる。
仕事はその都度違うし、部署によってもかなり異なるので、運が悪ければ馬車馬のように働かされる者もおり、
自分の運を神に祈る者さえいる程だった。

ただ、半年間の期間と言っても義務とあってはどうあっても乗り越えなければならない壁である。
それが本人にとってどうはたらいていくのか、後の道を決めることにもなりかねない重要なもの。
箱の中身は開いてみるまではわからない。

そう。運命のきっかけは何から始まるのかわからない。
良いほうにも悪いほうにもほんの少しの傾きで変わってしまうのだから。



                           *

「何これっ。さっぱりわかんないじゃない」

は指示された建物の中で途方にくれていた。
無事たどり着くまではよかったがこんな立派な建物に入ったことなど一度もない。
構造自体がさっぱりで、先程からどこをどう行ったらいいのかまったく見当もつかないのだ。
誰かに聞こうにも誰にも行き逢わないし、時間は迫ってくるしでは半ばパニック状態になりつつあった。

「どこなの……その第二国事官吏室って」

もういい加減かんべんしてとばかりに前へと進む足取りは段々と重くなっている。
時間が迫っているのはわかっているのに部屋の場所はわからないし、疲れからもは思わず
大声を上げずにはいられなかった。

「もうっいいかげんにして!役人なら一般市民がこんなところとは無縁のことくらいわかって欲しいわ!
 案内くらい用意してよ!!」

誰もいない通路にの愚痴が響き渡る。声を出したせいで少し落ち着いたに背後から怒ったような声が
かかったのはその時だった。



                            *

「うわっ!!」

人など誰もいないと安心して悪口を言っていたの心臓はあまりに驚いたせいかドキドキと言うよりキリキリと痛んでいる。

「あ、あのねえっ!」

胸に当てていた手をはずし、驚かせてくれた相手に文句の一つも言おうと相手に顔を向けたは思わず
相手を凝視してしまった。

この人……?

目の前にいるのは見た目はたぶんいいであろう若い男だった。

そう……たぶんとしか言えない。

外見は申し分なさそうに見える。だって普段ならめったに見れないとか言って、じっくりと拝んでいただろう。

だがあまりにも異様だったのだ。
彼を取り巻くものが!

目に見えるわけではないのに彼の周りには暗くどこか落ちていきそうな奇妙な気配が付きまとっていた。

そして、その気配こそが彼の外見だけに目がいかない要因となっている。

なに、これ。気持ち悪い。

はこみ上げてくる吐き気をこらえながらも必死に彼をとらえようとしていた。

「あ…なた…いっ…たい……」

目に霞がかかったようになり目の前に立つ彼の姿が段々とぼやけ、意識がはっきりしなくなってくる。

身体がグラグラしてついに倒れかけたを抱くように腕がそっと差し出された。

「何をしている」

をしっかりと抱きとめた腕の持ち主が静かでありながら厳しい声を相手にかける。

「だ…れ……?」

失っていく意識の中、が見たものは優しい金色の光だった。



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