秘密の夜
      




まるで夢のような光景だった。淡い月の光が少年へと降り注ぎ辺り一面が輝いているように見える。
あまりの美しさにマリオンは警戒をしなくてはならないことも忘れてその場に立ち尽していたが幸か不幸か
少年から発せられた言葉でマリオンは今までにない勢いで我を取り戻すことができた。

「間抜け顔」

「……え?」

「ボケボケした表情。平和に浸りきったお気楽な顔してる。子供っぽい……あ、よく見たら子供か」

「な、なんですって〜〜っ!!」

その整った顔から発せられたのは想像を裏切る罵詈雑言。
いや、ひょっとしたら事実かもしれない、それ程にぽかんとした表情をしていたかもしれないがそれにしても
初めて会う人にかける言葉ではないだろう。

「自分だって子供でしょう!どう見ても私と同じ歳くらいじゃない。ううん、そんなことよりっ、初対面の人に対して
 いきなり失礼じゃない!!」

「そうなのか」

「そうよっ」

どうしてなのかわからないといった風に首を傾げながら考えている様子に少々もやっとした気持ちが沸いてきたが
ぶつけてみても先程と同じようにあまり聞きたくない言葉を言われそうでマリオンは何とかその気持ちを抑えた。

「……で、あなたはどうしてここにいるの」

「どうして?言っている意味がわからない」

「だから!ここは一般の人の立ち入りは禁止な場所よ。それなのにあなたがここにいるっていうことは
 どうやって入ってきたのかって聞いているの」

見た所武器らしい武器も持っていなければ潜入に使いそうな道具の一つも持っている様子はない。
持っているのは籠とはさみだけ。はさみは人を脅したりするにも迫力がなさそうな小さなものだ。
しかも本人も鍛えている感じに見えそうもないからどうやって入ったのか不思議に思えるのも仕方がないことだろう。
かと言って油断してもいい訳でもないがマリオンにはこの少年がどうしても人を傷つけるようには見えなかった。

「そう言えばここはどこだ?僕は森にいたはずなのに」

「森?この近くの森は相当離れているわよ。森からここにたどり着くのに半日はかかるんじゃないかしら」

「森に入ってから月の位置はそう変わっていない。ん?おかしいな、月の色が変だ」

「いつもと変わらないと思うけど」

「白くもなければ黄色だけでもない。それに朱くも染まっていない」

「月の色なんてそう変わらないでしょ」

「おかしい。今は淡黄月を過ぎているはずなのに何も変化がないなんて。おいっ!」

「な、何……」

「いったいここはどこなんだ?!」

少年は今までの冷静さを脱ぎ捨て顔色を変えるとマリオンの肩を思い切り掴んだ。

「痛いっ」

マリオンが止めてと腕を強引に離すまで少年は魂を抜かれたかのように言葉を発することなくただ立ち尽くしていたのだった。



                        *

「そうか」

我を取り戻した後、マリオンの話を聞いている間顔が段々と強張って来ていたが状況がわかったことで少し安心をしたのだろうか。
少年、ルティは体に入れていた力を抜くためか深く息を吐き出した。

「ここはセサルディと言う国なのだな。そしてここはその国の王族専用の庭だと。
 許可なき者は立ち入ることができないがおまえはこの国の王女だからここにいたという訳か」

「おまえじゃないわ、マリオンよ」

「王城の近くに森はなく森の奥に別の国などない。しかもここには月は一つしかなく、一つしかないのなら災いも当然ない、か」

マリオンの言葉を無視し考え込むルティに一言言ってやろうと思ったがその真剣な表情に気押され口を噤んだ。

同じ年頃くらいなのに妙に老成した雰囲気がする。それにどこか近寄りがたい威圧感が自然と発せられているのを感じ
マリオンの体が無意識にぶるっと震えた。少しのことでは臆することのない自分が話しかけるのに躊躇するなんて
今までになかったことだ。こんなことではいけないと口を開きかけようとするとルティの方が先に口を開いた。

「要因はわからないがそんなことは今はどうでもいい。頼む、ここにある植物を分けてくれっ」

「植物を……?」

「今までに見たことがないものがある。僕は薬師だ。知らない植物があればそれは何かの役に立つのか、それとも
 害になるものか研究しなくてはならない。それが薬になるのかならないのかはやってみなくてはならないが
 少しでも可能性があるのならば僕には放っておくことはできない。だから頼む、お願いだ」

「この畑は薬草を育てているわ。だから薬にはできるはずだけど私にはどんなことに効くか簡単なことしかわからない。
 薬にする方法を知っている者を呼んでこないと」

「呼ばなくていいっ」

わかる者を呼んでこようと行きかけたマリオンの手を掴み必死の形相でルティが叫ぶのにマリオンの足が止まった。

「行かなくていい。ここでは僕は侵入者だ。これ以上騒ぎを起こしたくない。……マリオンだってこんな時間に城を
 抜け出したのが知られたら困るだろう?」

「それは、そうだけど」

「自分で薬を作るということも大切だ。その途中でいろいろなこともわかるから。おまえがわかる範囲でいい。頼む、教えてくれ」

「それでいいの?私のためって言うのなら別に大丈夫よ」

「僕は優秀だ。効能さえ解れば解明して見せる」

先程より落ち着いた自信に溢れた表情にどこかほっとしてマリオンは笑顔で頷いた。


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