秘密の夜 
      3



「これでいいの?」

「ああ、これだけ聞けば何とかなる。それはそうとこんなに貰っていいのか」

「同じものはあちらにもあるし苗も別の場所で育てているから心配ないわ。それより持って帰るのなら薬にするだけ
 じゃなくてちゃんと育てて増やしてね」

「その為に抜き取らせてもらったんだから責任もってやってみせる。おまえの方こそちゃんと心配事を無くせ」

「え?」

「いろいろため込んでいるだろう?顔色も良くないしこんな時間に睡眠を削ってまで外にいるってことは
 何かあるって考えても不思議じゃない」

「ただ散歩をしに来ていただけかもしれないわよ?」

「そうならそんなに生気のない表情はしていない。それくらい僕にだってわかる」

「さすがお医者さんね」

「僕の専門は医者じゃない、もちろん患者は見るけどその前の段階の専門だ。
 あまりこんなことはしないが見たからには見過ごせないからな。僕が薬になってやる。言いたいことを吐き出せばいい」

「薬なの?」

「人の心に役立つ薬だ」

「似合わない、わね」

「そう言うならいい、じゃあ」

「待って、待ってよ」

ほんの少し不貞腐れたようにかつ赤くなった顔を逸らしながら言う様子にクスクスと笑いながらマリオンは行こうとするルティの腕を掴み
聞いてくれる?と自分の気持ちを話しだした。



                       *

「それで?そいつを諦めるのか」

話し終わったマリオンを強い口調で問いかけたルティの声にマリオンは俯いていた顔を勢い良く上げた。

「諦めない、そう決めた」

「おまえを不安にさせる奴でも?」

「私が勝手に不安になっているだけ。最初の頃とは違う。シェルフィスは私をもう警戒していない。
 ただ時々私に感情をぶつけてくるのは私なら大丈夫と思っているからだと思う」

「自信はあるのか」

「あるわ。あまりにも立て続けだと落ち込んじゃうけど心を開いてくれているのは間違いないはずよ」

「それじゃあもう大丈夫だな」

「ええ」

一人でもやもや考えて不安になっていたのが嘘のようだ。ルティに話すことによって一つ一つシェルフィスの
感情が見えてきた気がする。何を迷っていたのか今は信じられないくらいだ。

「何も関係ない僕に話すことによって自分の気持ちも見えたんだろう。心の中に入り込んでしまったらなかなか
 自分一人では抜け出せないことも多い。だから逆にふとした一瞬で心の中も見えるようになる」

「本当に薬みたいね」

「僕も同じだった。相手の気持ちを邪魔扱いして失いそうになって初めて気付いた。大切な事ほど
 ギリギリにならないとわからない」

「ルティにも大切な人がいるの?」

「世話が掛ってうるさくてそれでいて人のことを放っておけない心配性のやつがな」

少しおまえに似ていると小さく呟いた声は突然吹いた風にかき消されてマリオンには聞こえなかった。

「ルティ?」

「普通の風じゃない……どうやら帰る時が来たようだ」

「帰る時って、ちょっと、きゃあ!」

「時空の扉が開いたんだろう」

「時空の扉……」

「僕の来た世界、僕の住む国フィンドリアの」

「フィンドリア?って聞いたことないわよ。ルティ?!」

「3つの月が支配する国、フィンドリア。できれば別の所で暮らせたらって思うけど僕にはあそこから離れられない
 理由があるから戻らなくてはいけないんだ」

「ルティ、あなた体がまた光ってる!」

「月に導かれているんだろう。忌むにやまない災いの月に。ああ、体が引き込まれる。
 マリオン、お別れだ。おまえも負けるな」

「ルティ!!」

「じゃあ」

かすかな笑みを残し轟音とともにルティの姿は空へと引き込まれ一瞬のうちに消え去っていった。



                        *

「行っちゃった」

偶然の、一瞬の時間に出会った。それでも強烈な時間をマリオンの心に刻んでいったどこか不思議な印象を持つ少年。

「大切な人、か」

その大切な人のためにルティは別の場所ではなくその場所へと戻って行くのだろう。いつの時もどんな時も。
それは何があっても変えられないものがあるのだろうから。

「私もめげている場合じゃないわね」

大きく上に手を伸ばすと月の光がマリオンへと注ぐように射してくる。

「不思議な月の光……誰にも言えない秘密をつくっちゃったかな」


たった一夜の不思議な時間。

さあ、ミルフィーンにばれないうちに早く部屋へと戻ろう。

俯いていた姿はそこにない。来た時と違い晴れ晴れとした心を抱えマリオンは庭を後にしたのだった。


                           5周年企画コラボ小説(ドリーム小説 月と焔の物語 ルティ・フェニキア)
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