秘密の夜 
      
 



覚悟を決めたはずなのにふと気がつくと挫けそうになっている自分がいる。年齢の所為でまだ重要な仕事を
任されている訳ではないけれどこの国を担う者の一人としてそれなりの自覚を持っているつもりだった。

人への対応、知識、そして自分を律すること。うまくいかない時もあったけれどそうであろうとしていた自分の意識が
弱いとは思っていない。だけどただ一つのことにだけ私の意志は簡単に崩れ去ってしまう。彼に彼に関すること、
彼を想う時だけは。


                         *

「だめよ、泣いちゃだめ。泣かないって決めたでしょ」

誰もいない道をマリオンは必死に前へと足を進めていた。目はまっすぐ先へと向けられ口は何かを耐えるように
食いしばっている。淡く照らす月の光の下でさえもその様子がしっかり見て取れるほどその表情ははっきりとしていた。

「私なんでこんなことしているのかしら」

目から滴が落ちないように代わりに声を出して呟いてみる。ミルフィーンに内緒で部屋を抜け出し一人夜中に庭を
歩くなんてばれたら即お説教だ。いや、ミルフィーンのことだから何も言わないかもしれない。きっと悲しそうな顔を
して黙って傍にいてくれるのだろう。だけどその方が余程堪える。自分の気持ちを自分以上に知ってくれているから
心配だけは掛けたくない。何度も自分に言い聞かせ我慢していたはずなのにどうしてこううまくいかないんだろうか。

「シェルフィスの馬鹿」

本当は優しいくせに時々ふと思い出したように冷たくなる。シェルフィスのことを段々知るようになってその理由も
姿も含めて彼だと認めたつもりだったけど実は何も分かっていなかった。すっかり委ね、甘えていたのは自分の方だ。
甘えていたからこそこうして打ちのめされ傷ついたつもりになってでもどこかでやっぱり自分は悪くないとしているのだから。

「ああ駄目っ」

ぴしゃんと両手で頬を叩くと足を止める。先程までは感じなかった夜の冷たい空気が襲いマリオンは小さく身を震わせた。
頭を冷やせば余計なことを考えなくなるし気分転換にもなるだろうと思って外に出てはみたがこのままでは逆に体調不良に
陥っていろんなことをぐだぐだと考えてしまうかもしれない。だったら先へ行くより引き返した方がいいだろう。

息を短く吐き出し元きた方角へと向きを変えようとしたその時、マリオンの目に強烈な光が飛び込んできた。



                               *

ここは王族専用の庭であり許可なき者は入る事はできない。しかも今は真夜中でこんな時間にわざわざこの場所を
訪れる用などないだろう。それとも自分と同じように夜道を歩きに来たのだろうか。
庇うように充てていた手を目から離すとマリオンは恐る恐る木々を掻き分け光が発生していた場所へと足を進めた。

「泥棒……?」

命を狙われる危険もあるはずだがそれならばもう少し王宮に近い場所を狙ってくるだろう。それに王宮近くはいかに
平和な国とはいえ兵が警備を怠っていない。しかもこんな目立つようなことをすればいかに距離が離れていても
誰かに気がつかれる危険性はある。だとすれば王宮内に続く道として利用する可能性の方が高いだろう。

マリオンはかすかに震える手が止まるようにぎゅっと力をいれると勢いよく飛び出した。

「誰っ!!」

地面にあった塊がマリオンの声で揺れ、大きく動く。次の瞬間マリオンの目に映ったのはほのかな月の光に浮かぶ
一人の少年の姿だった。


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