優しさの行方
        
 




「待て!」

嫌。私を呼ばないで私を見ないで!
あなたが見る私はあなたの知っている私じゃない。いつもの私じゃいられない。
お願い、お願い、あなたの好きな私でいたいから、だから私をそっとしておいて!!

「ミルフィーンッ!」

ミルフィーンの真摯な願いも叶わず、ランドルフは輪の中から抜け出すとあっという間に追いついた。
怒鳴りつける程の声とともにミルフィーンの手が少々乱暴に掴まれる。自分以外の女性に触れて欲しくなくて自分だけに
触れて欲しかった。本当は他の女性に触れたその後に触れて欲しくないはずなのにその大きくてあたたかな温もりに
泣きそうになる。

「手を離して」

後ろ手を捕まれたまま、ミルフィーンは振り向かず弱々しく懇願する。

「離さない。離したらおまえは逃げてしまうから」

「逃げないわ」

「逃げるよ。俺から逃げたがっているのがわかる」

そう言って掴んだ手により力を込めた。

どうして逃げるのか理由を言ってくれるまで離さない。

強い言葉がミルフィーンを縛る。ミルフィーンを動けなくしてしまう。

言いたくないのに。あなたに迷惑をかけたくないのに。我慢をしなくてはならないと頭ではわかってはいるのに。
でも……私は自分を止められない。もう止められなくなってしまった。

「い、やなの」

「嫌って」

「あなたが私以外の女の人に微笑むのが嫌なのっ」

腕を振り切ると同時にランドルフへと向き直る。
ミルフィーンの瞳に映るのはびっくりしたランドルフの顔。
どうしてこんなことを言い出したのかわからないといった表情が余計にミルフィーンの心を傷つける。

「勝手なことを言っているってわかってる!私がそんなこと言える立場じゃないってことも。
 あなたが微笑むのを見ているのが嫌、他の人に触れるのが嫌。
 私だって今までは平気だった。平気だったわ!でもいつの間にか苦しくて嫌で嫌で!」

涙が零れる。あまりにも彼が好きで、愛しくて涙が止まらない。

「駄目なの。どうしても止められないのっ。
 あなたの優しさは誰にでも一緒だって思ったら、あなたが……憎くてたまらなくなった!!」

「……ミルフィーン」

「あなたが優しいのが嫌。優しすぎるのが嫌なんてっ、私そんな勝手な事……!」

「ミルフィーンッ」

ランドルフがミルフィーンの肩を引き寄せ抱きしめる。
まるで溢れる何かを止めるように、強く、激しく。ミルフィーンの全てを受け止めるために。

「やめてっ」

こんな優しさは嫌だった。同情や泣き止ませるために優しい腕に包まれるのは辛くて悲しくて堪え切れない。

「おまえだけだ」

強い言葉と強い抱擁。
普段のランドルフとは違って優しさだけじゃない。
何かを感じさせるような全てを信じてみたくなるような優しさの混じった強引とも言える彼の心が感じられた。

「俺の優しさはおまえにだけだよ」

「う、そ」

「嘘じゃない。俺のことは知っているはずだろう?俺の優しいという気持ちはおまえにだけだ」

何かに優しくする気持ち。それと愛しさと愛情の篭もった優しさは違うだろう?

「俺の気持ち全て。ミルフィーン、それはおまえにだけなんだ。おまえにしか与えられないんだよ」

真っ直ぐな瞳がミルフィーンを貫く。

ああ、そうだ。知っている。この瞳の色、これは……

「昔、約束した」

「思い出した?」

「ええ。思い出した、わ」

子供の頃の約束。ランドルフからミルフィーンへと贈った小さな約束。
それは決して違われない約束。

「おまえへの優しさは愛しさから」

俺の優しさはおまえに。いつも、いつだっておまえを想っているから。
だからおまえの幸せな顔を見ていたい。

「おまえの笑顔が俺に幸せをくれるんだ」

それは最高の優しさ。たとえ苦しくても、それは私にだけの優しさのかたち。
私達にしかわからない心からの誓い。



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