優しさの行方 
        
 



ねえ、知ってる?あなたは自分がどれだけ優しいかってことを。

優柔不断と言う人もいるかもしれないけれどそれはあなたが優しいから、優しすぎるからそう見えてしまうの。
人の事を断わりきれなくて困ってできるだけ誰も傷つけないよう苦しまないようにするの。

そうね。でも、やっぱり優柔不断なところもあるのかもしれない。
たとえそうだとしても、私はそんなあなたが好き。
全てが集まってあなたがいる。嫌いになる事なんてあるはずもない。ずっとそう思っていた。

だから今とても戸惑っているの。
あなたの優しさがこんなに憎くなる日が来るなんて思ってもいなかったから。



                    *

城の中は普段とは違い華やかな賑わいに包まれていた。

今日は国にとって特別な日。
関心がない者以外は今日という日を喜び、楽しむ。今日は自分にとって大切で大好きな人達と過ごす日だから。
一年に一回、国をあげての特別な日は余程悪いことをしない限りは無礼講。
身分も年齢も関係ない。だから普段できないことだって勇気さえ出せばすることが出来た。

「マリオン様。少々強引に事を運んでしまいましたけれど大丈夫でしたでしょうか?」

急の展開に混乱に陥っていたレイアを思い、ミルフィーンは彼女の主に控えめに問いかける。
先程までこの部屋にいたレイアはいつもの彼女と違い傍目からわかるほど動揺していた。

それもそうだろう。

詳しいことは何も告げずいきなり部屋に引きずり込んで、普段の彼女だったら着ることのない服装へと有無を言わさず
着替えさせたのだから。それを断わりきれなかったレイアの心中はとても複雑だっただろうと思う。
レイアのことだから自分達に手荒な真似ができないし、女性・子供には無条件で優しい。
だがそうだとしても、無理やりなのだから本当に心底嫌なら言葉なり何なりで抵抗していたはずだ。
となれば、レイア本人にも願望があったか、今日くらいはという諦めからそのまま受け入れたのかもしれない。
慣れない事に疲れた様子を見せながらも強いことを言わずにレイアはぎこちない表情を浮かべ彼女の探し人の元へと
向かっていった。

「心配することないわ。カーク兄上も喜んで満足されるわ。
 私達もレイアの素敵な姿を堪能できたし、後は私達自身の支度をしなくちゃね」

一仕事を終えたせいか、満足気に微笑むマリオンは既に誰と大切な時間を過ごすか決めているのだろう。
微笑みを浮かべたまま、待ちきれないといった様子でミルフィーンの腕を掴んだ。

「ミルフィーン、早く!あなたに似合いそうなドレスがあるの!」

ミルフィーンも楽しみにしているに違いないと疑いもしないマリオンに少し複雑な心を抱えながら、
腕を引かれるままにミルフィーンはマリオンの後へと続いていった。



                       *

「良かった、出られたわ」

華やかな衣装を着た人の波から抜け出してミルフィーンはほっと安堵のため息をついた。

思い思いのままの所で食事やお茶を飲みながら談笑する人々の表情はいつになく明るく幸せそうだ。
今日のパーティは王族とその関係者だけの内輪だけの集まりとなっていたから小規模なものだろうと
思っていたのに予想以上に人が多い。そのせいか、マリオンとも部屋に入って間もなく離れ離れになってしまった。
一応マリオンからは自分に気にせずにパーティを楽しめとは言われていたがそうですかと放って置く訳にもいくまい。
部屋の隅からの方が全体を見渡せるだろうと抜け出した先で視線を中央へと向けたミルフィーンの瞳がある一点で留まった。

「あ……」

中央付近で一人を取り囲むように一つの輪が出来ていた。見慣れた青年の後ろ姿は頭一つ抜け出している。
マリオンを見かけたかどうか尋ねてもいいだろうとそこへと近づきかけたミルフィーンの足がふいに止まった。

「……ランドルフ」

言葉が震える。周りにいた女性の一人がランドルフの手を少し引っ張った。
その拍子にランドルフの体の向きが変わりミルフィーンの方向へと顔が向く。
甘えているとも取りかねない女性の仕草に応えるようにランドルフは女性の手にそっと手を重ねながら
優しく微笑んでいた。

「ラ……」

ミルフィーンは震える手を必死に口元へと運び、再び彼の名前を呼んでしまわないように覆う。

「……っ」

ランドルフの微笑みは彼を囲む女性達へと向けられている。
明るくて優しさを含んだ微笑みは誰にでも向けられる。決して一人に対してのものではない。

そう、誰にでも……私だけじゃない!

こみ上げる気持ちに耐え切れなくてミルフィーンは踵を反した。
このような光景は今までだって見たことがあったはずだ。
あったはずなのに、何故か今日は今日だけは胸がズキンと痛んだ。

「……ミルフィーン!!」

ふとした拍子に気がついたのだろう。
顔を背けかけた自分を呼ぶランドルフの声にミルフィーンの足が止まる。
その声を聞くことさえ、胸が締め付けられた。

「待ってくれ」

振り向きたくはない気持ちと戦いながら向けた視線の先にあるのは先程までとは違う困惑したような表情。
微笑みは消え、自分を見つめる瞳はどこか弱々しいものだった。

「ミルフィーン!」

追いすがる声を振り切るようにミルフィーンは部屋の外へと飛び出した。

もうこれ以上見ていたくない。

彼の誰かに微笑む顔も自分を見る戸惑った表情も何一つ見たくなかった。



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