暖かな陽の光が心地よく降り注いでいる。こんな日は、心までもが晴れ渡るようだ。
幸せな一日が待っている。そんなことを予感させそうな晴れやかな日の始まり。
約束の時
1
ルエンタール国某下級貴族のお屋敷。
どこまでも晴れ晴れしい天気とは裏腹に今にも緊張の糸が切れてしまいそうな程緊迫感が漂う部屋がある。
その部屋の人物達は、外の景色など気にしている様子もない。
相手から一瞬でも目を離したら負けであるかのようにお互いを睨み合い、牽制し合っていた。
「父上!いったいこれは何ですか!?」
先にしびれを切らした少女が、部屋の片隅に積み重なったそれにビシッと指を突きつけた。
「見てわからないのか?それは肖像画というものだ」
少女の顔を面白そうに見ながら、いつもの調子で言葉を返す。
怒りで表情が強張っていることに気付いているはずなのに全く気にした様子も見せずにのうのうと言ってのけた。
あいかわらずの父の言動には一瞬呼吸困難に陥りそうになる。
「そんなことは見ればわかります!何のための肖像画だと聞いているんです!!」
そんな私に父はわざとらしくため息をついてみせた。
「私が自分の為にこんなにも集めたとでも思っているのか?しかも若造ばかりの肖像画を?
決まっているだろう。お前の結婚相手候補のだ」
そんなこともわからないのか、とあきれきった顔をした父に頭の片隅にある怒りと混乱がごちゃまぜになる。
それでも何とか言葉を返そうと口を開こうとしたにこの屋敷のご当主は娘の怒りを買うような
言葉を紡ぎだした。
「全員を選ぼうなんて無理だぞ?いくらお前が不満に思ったとしてもな」
おまえ好みの奴がいたとしても一人だけだ、とやけに父親顔して頷いている目の前の相手に
私は手近にあった木刀をつかみ振り下ろしたのであった。
*
「悪夢だわ……」
自分の部屋へと戻った途端、頭を抱え込みながらはボソッと呟く。
あの父を相手にするのは気力がかなりいるのだが、今回はいつにも増して精神力を消耗していた。
溜まっていた気を出すようフゥッと小さく息を吐きながらドサッと崩れ落ちるように椅子へと腰を下ろす。
「なんだ、また喧嘩か?」
開け放ったドアの向こうからはずんだ若い男の声が聞こえる。
いかにも興味津々で面白がっている声。
(いつもタイミングがいいんだから)
まったくどこで嗅ぎつけてくるのか。人の不幸を喜んでいるとしか思えない。
は心を落ち着けるようにゆっくりと息を吐き出しながら声をかけた青年―カルディスの方にくるりと向き直った。
「今日は何の用で来たの?私には何も用はないけど?」
「ひどいなあ。親愛なるいとこに向かって。ただ顔を見に来ちゃいけないか?」
いかにも傷つきましたという顔をするが、振りだけだ。決して見た通りではない。
今までの経験上隙をみせるとひどい目にあう。
「たいしたことないわ。少し意見が行き違っただけよ」
はにっこりと微笑んでみせた。
「へえ〜?結婚がたいしたことないか。さすがだなぁ。俺にはまねできないよ」
人を怒らせる事が好きなのか、わざと煽っているようにも聞こえる。
は相手の挑発に乗らないよう自分に言い聞かせ、つとめて冷静に口を開いた。
「私にはまだ早いわ。それに父上も本当の用件を引き受けさせる為に結婚を持ち出した。
だからたいしたことがないのよ」
あなたの言うようにね、と少しいやみっぽく加える。
(まああの人は損をしないわね、どちらに転んでいても。計算づくってことか)
普段はふざけているかと思うくらいにいいかげんだけど、肝心な時には有無を言わせない。
我が父親ながらおそろしい。そしてこの目の前のいとこの中身は父にそっくりだ。
気付いていてもわざと気付かないふりをしてひっかきまわすこともある。しかも人の反応をおもしろがって。
「じゃあ結局叔父上のもう一方の件を引き受けたんだ。いったい何の?」
私は父から持ち出された結婚=見合いの件を断わる条件として無理やりもう一方の用件を飲み込むよう承諾させられていた。
その時の事を思い出しながら怒りがぶり返しつつあった私は自分の冷静さを保ちすぎることに一生懸命になりすぎていて、
カルディスがニヤニヤと私を見ている事にも全然、気付かずにいた。
「国の外れにある森で起きている原因不明の火事を確かめにいくのよ。普通の燃え方と違うみたいでね、
人が近寄ると火が逃げていくってことらしいの」
私の話を聞きながらカルディスが何故か少しずつ後ろに下がっている。
私は不思議に思いながらもカルディスの言葉を待った。
「。とうとうおまえ騎士団にはいることになったのか?好きにすればいいけど大丈夫かなぁ。
俺も一緒に行ってやるよ。火事でやけどでもしたら嫁の貰い手が完全に絶たれるからな。
いや、その前に騎士団に入ろうと思った時点でだめか」
「カルディスッ!!何よ、その言い草!あなたに心配してもらうまでもないわっ!!」
非常に勝手なことを言い切るカルディスに私も思わずぶち切れそうになる。
そんな私の行動を予想していたカルディスは、私に追いつかれる前に脱兎のごとく逃げ去ったのだった。
next back 竜使の剣top