迫ってくる。
息を切らせながら必死で走っているのに、闇は何もかもを飲み込むかの勢いですぐ後ろまで迫っていた。
逃げなくては追いつかれてしまうのに足が思うように進まない。
不安、焦燥、そして恐怖。心までもが引きずられてしまう。
(もうだめだ。逃げ切れるはずがない)
諦め今にもその場に倒れそうになったその瞬間一筋の光が差し込んだ。柔らかい守りの波動が辺りを包み込む。
あんなにも必死になっていたのが嘘のように一瞬で闇が消え去っていった。
闇をも追いやる聖なる光。満ち溢れる暖かな空間。もう大丈夫なのだと安心感がわいてくる。
それと共に襲いくる睡魔。夢か現実なのかわからぬまま気を失うかのように目を閉じた。
光の向こうの人影には気付かずに……
約束の時
2
が目覚めたときには陽が真ん中にかなり近くなっていた。
ぼんやりとする意識をはっきりさせようと首を横に振ってみる。だが何があったのかはっきりと思い出すことができない。
ただ一つだけはっきりとしているのは、絶望と希望の両方を感じただけでなく、それが現実に起こりうることかもしれないということ。
夢であって欲しいのだけれど。
「おい、やっと起きたのか」
ヒョイと顔が目前に割り込んできた。
黒に近い深い茶色の髪、落ち着いた緑の目は何もかも見透かしてしまいそうだ。
そして人を引き付けてしまうであろうさわやかな笑顔。観賞する分には申し分がないだろう。
そう、見ているだけならば。
だが、彼―カルディスは自分の気に入った人物であればあるほどとことん愛情をもって接してしまう。
たとえそれが歪んだ愛情で、愛情受け入れ先の当人が嫌がっていたとしても。
「何か言いたいんだったらすぐにでも帰っていいのよ。
別についてきて欲しいなんて頼んだわけじゃないんだから」
文句があるならさっさと帰れとばかりに言葉を投げつけながらはゆっくりと立ち上がった。
確かに時間を少々取り過ぎてしまった。自分では気にしていないつもりでも緊張をしていたのだろうか。
別に今回が初めての調査でもないのにどうかしている。夢を忘れたいのに何故かあの奇妙な実感を伴った体験を
忘れ去ることができないのだ。それともこれも予兆と言うべきなのだろうか?
急がなければ。
余分なことは考えまいと振り切るように、後ろでブツブツ言っているカルディスを置き去りにして
は歩き始めたのだった。
*
「お〜い、。お〜いったらっ。待ってくれよ」
今回の出火事件の森、通称赤の森アルドラに一番近い街、イルディシャ。
そろそろ夕食時なのか狭い通路の市場には人がごった返していた。はその中の人をかきわけるように
進んでゆく。声のする後ろは振り返らずに。ついてきたカルディスはさっそくこちらを省みず迷惑をかけてくれていた。
ただでさえ背が高くて見栄えがいいってだけで目立っているのにそんな事はお構いなしにあちこちの店をフラフラと覗いては
店の主人と立ち話をしている。しかもいつもと同じ軽口交じりのあることないことを面白おかしく。
しだいにカルディスの周りに人が集まりその輪は笑顔であふれていた。
そしてたちが悪いのは好感の持たれる外見を本人がわかっていることで、更に自らをアピールするかのように
身振り手振りを交えて熱演をしている。近くの少女にウインクのサービスまでする始末だ。
(これは絶対嫌がらせだ)
そうに決まっている。先程追いて行ったことを根にもっているのだ。自分の能力を十分にわかっている上、なおかつ自分の魅力を損なわないように
さりげなく仕返しをするのだ。
まったく、子供の頃と変わらない。自分がカルディスにそっけない態度を取ると決まって面倒を起こす。
本人曰く何もやっていないというけれど、これのどこが何もやっていないといえるのだろうか。
こんな時はひたすら無視するに限るがやはり簡単にはいかないらしかった。が知らない振りをしていると見て取ると
次の手段を講じてきた。
「そこのかっこいいお嬢さん。俺がこうして必死になっている姿を見て何とも思わないのかい?
それとも俺に人気があるのが妬ける?」
何をふざけたことを言っているんだか、と無視して行こうとしたに
「あ〜あ。俺って無視されてかわいそう。せっかく自分の身を粉にして情報を集めてるって言うのになぁ」
大声でぶちまけたくれたその言葉にはカルディスの元へと一気に走りよった。
「いいかげんにして、カル!この調査は極秘なのよ。それを調子に乗ってベラベラと大きな声でっ。
いーい!いいかげん口を閉じないと痛い目みるわよっ!!」
今にも手が出そうな自分を必死で抑えながら言葉を放つ。
「なんだ。やっぱりちゃんと聞こえてるんじゃないか」
そんなの態度を気にもせず、やったとばかりに微笑みながらカルディスは声をあげた。
(本当に、本当に、もうっ!)
カルディスのお調子のよさにも腹が立ったけど、簡単に乗せられた自分にも腹が立つと同時に落ち込んでしまう。
だが周りの好奇心の目が自分達に注いでいるのに気が付きふと我にかえった。
いくら調査に来ているとしても目立つことは禁物なのだ。これ以上の騒ぎを起こすのは望ましくない。
は気分を落ち着かせるように上を見ながら息を吐くと再び街の人ごみをかき分けながら進み始めた。
今度はカルディスといっしょに。
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