自分の予想のつかない方向にいつの間にか流されていた。
そんなことが実際起こりうるなんて想像もしないうちに……。


補佐官の過酷?な日々


「非常に興味深い噂を聞いたんだが」

昼下がりのポカポカ陽気の執務室。
本来なら眠気に負けそうな主を叱咤しつつ仕事に励まなければならない時間のはずなのに、
今日に限ってその当人がやけにうれしそうな顔で話しかけてきた。

その顔にはいつも自分と一緒の時に見られる眠気がみじんも感じられない。
いぶかしげに思いながらもは主たるルエンタール国王ウェルグリフに本来の仕事を続けるよう促した。

耳を貸したら最後、ウェルグリフのペースに乗せられて、息抜きを狙っている主のさぼりに協力することになってしまう。

「まああわてることはない。特別に急ぎの仕事もないのだしたまにはゆっくりしようじゃないか」

たまには、と言うがチャンスを掴んでは確実に休憩をものにしている人の言葉ではない。
だがもしここで反発しすぎたら国王らしからぬ態度ではない、不機嫌の固まりになってを徹底的にいじめるのだ。
ほとんどやんちゃな子供になりきって。

?」

仕事を完全に中断してお茶の用意がしてあるテーブルへとすでに移動をしたウェルグリフ相手に
もう到底太刀打ちはできないのだ。

「ハァ〜〜〜」

言いたい言葉をぐっと我慢して深くため息をつくとはテーブルへと歩み寄る。
そんなに満足したようにウェルグリフは頷くと、自分の向かい側の席に座るよう勧め、
楽し気に今日聞いたと言う噂話を語り始めたのだった。


                    *

「ローレン、聞いてよ〜」

茫然自失の状態のままフラフラと中庭にたどり着いたは先客の同僚に思いっきり泣きついた。

「また何かあったのかい」

あわてず騒がず。
いつもの泣き言を聞いてくれるローレンは、にとって心のオアシスとなりつつあった。
あまりの仲の良さに付き合っているのではないかと勘ぐる者もいたがとんだ誤解だ。
にとってのローレンは良き友、良き相談相手である。同じ仕事に就く者としても頼れる先輩だ。
色恋沙汰など少しも混じりはしない。
それはローレンにとっても同様で、自分の妹と同じようにかわいがってくれている。

まあ、それを抜きにしても係わり合いになる運命ではあったのだが。

「う〜ん、いかにも困ったって顔をしてるなぁ。ウェルグリフ様に何かされたのかい?」

「えっ、な、なにかって」

うろたえるを少し面白げに見るとローレンは例えば、と指を曲げながら話を続けた。

「サボりの常習犯をうるさ方からいかに庇うかとか、美麗で有名な近衛隊に行って誰かから約束を取り付けて来いとか、
 お茶のお菓子が足りなくなったからくすねて来いとか……」

これが一国の王の言うことか、と言うくらい段々と低レベルな話をしているのにはそれに気を止めた風でもなく、
あわててローレンの言葉を遮った。

「違うっ、違うったら!」

ブンブン首を振るとローレンの肩をガッと掴む。

「とにかく聞いてよ!でも誰にも言わないで欲しいの。お願いっ」

この期に及んで内密も何もあったものではないと思うのだが、あまりの必死の形相にローレンはこくりと頷くと
の話に耳を傾けたのだった。


                        *

数十分後。中庭のベンチに腰を落ち着けての話を聞いたローレンはいったいどうすればいいのかわからない
といった風にキョトンとしていた。

「で、それのどこが困るんだい?」

何故そんな薄情な言葉が出るのか。
味方と信じていたローレンのあまりにも期待を裏切る反応には憤りを感じ反論をした。

「だって、王が知っているってことはこの城中の人間が知ってるも一緒よ。
 しかも尾ひれをつけて盛大に!それなのに平気な顔をしているなんてできないわ」

「どうして?だって彼と付き合っている事は事実じゃないか」

嬉しそうに目元を細めに向かってにっこりと笑う。

「付き合っているっていうの?!単に私をからかって遊んでいるだけじゃない」

「違うって。恥ずかしいのはわかるけどいい加減認めてあげないとかわいそうだよ」

食ってかかるような勢いは照れているのだろうと思うがそれだけでなくどこか腹立たしさも入り混じったの表情に
ローレンの父性本能というべきものだろうか、世話焼き症のせいなのかに対しての慈しみの感情が一気に
込み上げてきた。

ああ、なんてかわいいんだろう。これだから一人じゃ放って置けないんだ。

ローレンは知らず知らずのうちに自分の顔が蕩けそうなほど甘くなってしまっているのにも気付かずに
をなだめようと肩に手を置こうとしたが

「あ〜らら、勤務中に何してんのかな」

軽い言葉とそれに反した強引な手がローレンの手の行方を遮った。

目には見えないピリピリとした緊張感を伴って。


                     *

「君の話をしていたんだよ」

ローレンが同僚でもある親友に話しかける。そんな気配に気付いているはずなのににっこりと笑顔つきで。

動じない素の表情からの頭の片隅にある疑問がふっとよみがえる。

どうしてこんな穏やかで人の良い彼にこんな一癖もふた癖もある友人がいるのか。
どうやら付き合いは城に来る前から続いているようで言葉の端々から付き合いの長さを感じられた。

「実はから相談をされてね」

くったくなくヴァルドに笑いかけながら話すローレンにヴァルドは苦虫をつぶしたような顔で答えた。

「ふ〜ん?俺には何にも話してくれないのにお前には相談なんかしてるんだ?
 俺とおまえ、との付き合いはほとんど変わらないって言うのに……おもしろくないな」

ふてくされたようにブツブツ呟くヴァルドには半ばあきれ気味にその顔を見た。

よく言うわね。あることないこと都合のいい風に受け取って余計に事態を悪化たことだってあるっていうのに。
私を気にかけてくれてるっていうのなら私に被害が及ぶなんてこと間違ってもしないんじゃないかしら?
でも確かに仕事を一緒にしているせいか私の気が付かない所まで気をまわしてくれて助かったりはしているけれど
言動と行動が不可解だったり、ふとすると傍にいたりして落ち着かなかったりもするし。
だけどそれもローレンがヴァルドを言葉で煽って追いたてているからむきになっている気もするような……やめよう。
訳わかんないし段々ドツボにはまりそう。

考えれば考えるほどフツフツと上ってくる感情を他所にそらそうとし始めたにその悩みの当の本人から声がかかった。

「何を考えてるんだ?ああ、ひょっとして城の人間の間の噂?俺との」

あっけらかんと言ってくれるヴァルドに軽い殺意を覚えながらもは必死に言葉を捜した。

「知ってたんだ……」

「もちろん。だって噂流したの俺だもん」

い、いま、何って言った?ヴァルドがう、噂を流した!?

「ちょっと、どう言うこと?なんでそんなことするのよ!!」

「もちろん邪魔者を追い払うためにね。俺達の仲に入ろうとするからさ」

俺達ってと俺のことね、と言いながらヴァルドはゆっくりとの真後ろに移動する。

「ただでさえ忙しくてなかなか一緒にいられないのにその間に他の奴にちょっかいだされるのを俺が黙っていられると思う?
 まったく冗談じゃない!だから先手を打ったのさ」

言葉とともに首に手が回り、頬がくっつくくらいに顔を寄せ、耳元をくすぐるかのように甘い声でそっと囁く。

「もちろん同僚としてのも認めてる。
 でも俺にとってのお前は何者にも変えられない存在。なくてはならないものなんだ。
 独りだった俺を救ってくれた。だから誰にも渡したくないし渡せないんだ」

甘くありながらも寂しく真摯なささやき。放っておくことができない、聞き流せない言葉。

ああ、そうだ。からかい半分の言葉でもその中に彼の本心があったから無視することができなかった。
ローレンもそんな彼を知っているからこそこんなうれしそうな顔をしているんだ。

身体中に彼が入り込んでくる。
もう逃れられないくらいに、いや、既にがんじがらめにされているかもしれない。

だんだん流されていくの心を遮るように耳元で呟く声が聞こえた。

「本当よかったよ、あいつが今いなくて。の傍に寄っただけで邪魔しにくるんだからな。
 でもこれだか噂が回ってるってことはあいつも心中穏やかじゃない。これで少しは俺の溜飲もさがるってもんだ」

……って、まさか!?

「ちょっと、ヴァルド。まさかとは思うけど今回の噂って彼に聞かせるためなんて言わないわよね?」

「さすが!そうだよ。でも修復中なんて知らなかったから残念だったな。
 必死の形相して噂を消そうとするぜ、きっと。その光景を今見てみたかったのに。
 ったく、あいつの俺への態度のむかつくことったら。
 だいたい自分は人間じゃないくせににべったりくっついて、いかにも自分が一番お前を守ってます
 ってな態度をとってさ。思い出すだけで腹がたってきた」

先刻の甘くなりかけた雰囲気があっという間に吹き飛び、今はいない彼への文句で
いっぱいになってきているようだった。
だがそんなヴァルドの様子も目に入らず、は必死で頭の整理をしていた。

待って、それじゃ今回のうわさの発端って。ヴァルドの焼きもち?

「ヴァルド」

ふつふつと沸き起こる気持ちを抑えながらは静かに声をかける。

「なに?

「じゃあ、あなたと彼が私を取り合っているっていうのは?」

「だから言ったじゃないか。噂を流したのは俺だって」

「そうね。だけどかなり脚色がついているってどういうことかしら」

「ん?」

「私が彼に夢中になっていたのを自分の魅力で落とした?
 しかも、私からの熱愛宣言?へぇ、私初めて聞いたわ」

「事実じゃないのか?」

「違いますっ。一体何がどうなればそんなことになるの?!
 大体付き合っているって事自体事実じゃないじゃない」

「俺は付き合っているつもりだったんだけどね」

「……もしっ、そうだとしてもっ。私の知らない所で噂が違う方向にあっちこっち一人歩きしているのは嫌なのっ!
 ヴァルド、あなただって嫌でしょう?!」

「俺?俺はと噂されるんならかまわないけどな。あっ。もちろんあいつとの関係は抜きでだけど」

「だからそうじゃなくってっ。もうなんでわかってくれないのよ〜っ」

まあまあとローレンが取り成してくれた。
私の気持ちはそれでもおさまらないのに、ヴァルドはうれしそうに私を見ている。

、愛されていますね」

「ローレン、本気で言っています?」

「もちろん」

「なんでみんな言葉が通じないの」

私は大きくため息をつきながら、自分の体に残る温もりを抱きしめた。
彼のペースに巻き込まれていいかげんにしてって気持ちもあるけれど、彼がくれる温もりや素直な気持ちに
心地よさを感じている自分も確かにいるってことだけは否定できない。

「結局惚れたもの勝ちなのかもしれないわね」

?何か言ったか?」

「いいえ。なんにも」

それじゃあと私は二人を置いて中庭を後にした。

休憩のはずの時間が休むどころか、前よりドッと重い気持ちを抱えている。
考えすぎるよりも自然体で流されるままにいったほうがいいのかもしれない。

「考えたくないわ」

もう一度深くため息をつくと仕事をするべく、執務室へと向かった。

今度はウェルグリフに振り回されることを覚悟しながら。



憧れの職業もそんなに甘くはない。
実感を持って体験しつつあるであった。



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