ヴァルアスの日常
休暇編 5
月は残酷なものだ。空高くに手が届かない所にありながらも俺の全てを支配する。
何も特定の時期に限ったものではない。静かにいる時でさえも心の奥底を揺さぶり決して
その存在を忘れさせてはくれないのだから。
「もうすぐ銀朱月の時期か」
穏やかな淡黄月から災いをもたらす銀朱月へと移るこの時は精神も肉体も不安定な時期となる。
付き合いの長いこの体だ。ある程度自分でコントロールができるようにはなったがそれでもいつどうなるか
わからないことも多かった。
「あ〜。走りたいな」
誰もいない森の奥。走るには構わないが月明かりだけでは多少なりとも体を傷つけてしまうことになりかねない。
そう。それが普段の自分ならば。
「よし、いくか」
肉体は人のままでも感覚はもう一つの自分のそれに近い。
ならば思いっきり走り抜けてもぶつかることは、ない。
森の木々をぎりぎりで交わし、岩場を軽くけって上へと行く。漏れてくる月の光が瞳を灰色から薄い赤へと変えていった。
「明日は休みだからな」
多少疲れようとも問題はない。たとえ城へと帰ることが面倒になってこの場で寝てしまっても大丈夫だ。
こんな時は自分の立場が役に立つ。警備隊と言う職務、そして特殊である自分に。
サーシェスもわかっているはずだ。却って戻らない方がいいこともあるくらいだということを。
下手に近寄って傷つけてしまうかもしれないのなら距離を置いた方がいいのだから。
「会いたいな」
たった一日でも顔を見ないと寂しくなる。そうわかっていても納得させても寂しいものは寂しい。
「フレイア」
会いたい。触れたい。
でも、少しでも自分を律するためにも意識を研ぎ澄まなければ戻ることはできないから。
「月よ、俺に意地悪をするなよ」
愛しい少女の元へと一刻も早く戻れるように、憎らしくもある月へと願いを乗せて。
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