ヴァルアス・ヴォルフガング編
                  第七話



「ねえ、ヴァルアス」

「うん?」

「あ、あのね」

「うん」

「これちょっと、どうにかならないかなあって」

「なにが?」

「だからこれ」

ごにょごにょ言い続けるのの言葉をわかって言ってるのかそうでないのか、
こちらをじいっと見つめて首をかしげている。

、なにかあるのか?」

「本当にわからないのね?」

ああ、それともマナー違反なのかな?
今までこんな体験ってしたことないから正しいかどうかなんてわからないし、
ちゃんと決まってるわけじゃないんだろうか。

そんなこんなでおろおろしているの頭上でヴァルアスが笑った。

「ひゃあっ」

どうしたんだろうと顔を上げようとした途端感じた衝撃に思わずこの場に相応しくない声をあげてしまう。

「ヴァ、ヴァ、ヴァルアス!いま、いまのってっ!!」

「あ、悪い。手が滑っちまった」

「滑ったって、この位置で滑るってっ」

「いやあ、なんか手が落ち着かないし位置が決まらなくてな」

そう言いながらもの腰をがっしり掴むといったほどに手を置いて更にその手を動かし続ける。

「や、やっぱり故意なんじゃないっ!」

顔を真っ赤にして気持ちのまま言葉を吐き出した。

「抱き心地いいからどこに手がいっても大丈夫だな。ちゃんと動けるから安心だぞ」

「安心って、あなたがいちばん危ないじゃない!」

エスコートするならそれらしくきちんと作法に則って紳士的に振舞ってくれればいいのに、
自分の思い通りにするから傍から見ると加害者と被害者の色っぽくもない関係にしか
見えないんじゃないだろうか?!

、わかってるよな」

満足げに微笑むその笑顔の裏にどれだけの企みが隠されているのだろうか。
背筋に走った震えと自分に触れるヴァルアスの手の感覚を追いやって、は必死に意識を外へと
向けたのだった。



                         *

そもそもこうなるきっかけは昼間の訓練での騒動が発端だった。
最終日に行われる親善を兼ねた慰労会という名の簡単なパーティーで訓練での結果を見て褒美を与えることは
以外の隊員には知らされていたらしい。
もちろん成果が芳しくなかった者にもそれ相応のペナルティが課せられることになっていたらしいがこのパーティを
目当てに皆必死になっていたようだった。
一人だけ知らされていなかったのは女の人が一人きりだったってこと。メインとなるダンスでの相手役を賞品に
決めていたらしいのだ。だからヴァルアスも何も言わずに勝ちぬけたらしいのだけどそれでも一言教えて欲しかった。
だっていくら相手がヴァルアスでもこんな風に踊ったことももちろんドレスを着るなんてこともなかったのだから
心の準備が必要なのに。

「前もって知っていたら集中できないだろ?俺がいて他の奴に負けるなんてことはあるはずないし」

皆に見せつけるように傍から離れないなんてそれだけでも心臓が踊り過ぎる。

「今日一日俺はおまえを自由にできるんだから大人しくしてろ」

だなんて無理ばかり言うんだから。それに周りを牽制するような威嚇的な態度さえも露骨にみせて、
これで反感を買ったら今後にも差し支えるわよ。ヴァルアスにはそれを楽しむ余裕があるかもしれないけど!

「見せびらかさなきゃ意味がないじゃないか」

そんな余裕は少しもありません!もう少しこちらの気持ちも考えて欲しい。

「考えているさ、これ以上ないくらいに。だから俺がおまえのものでおまえが俺のものっていうのを
 ちゃんと知らせとかないと」

これじゃあ今以上に魅かれることに抗うことも時間だけの問題かもしれない。
それくらいヴァルアスはの心の中に住み着いてしまった。



                          *

広間の片隅にはヴァルアスと報告を受けるために駆け付けたサーシェスの姿があった。
二人の視線の先には窓から外を眺めるの姿がある。

「あれはおまえが選んだのか?」

「ああ、似合ってるだろう?自然と目が引かれる」

視線の先には薄い青色のドレスに包まれたの姿があった。

先程のヴァルアスの牽制が効いているのか、一人でいるのに誰も近づこうとしない。

「色はいいがデザインが少し大人っぽくないか?」

「いいんだよ。には今流行りの誰でも着るようなのなんて着せたくないし、
 飾らない方が一番自然なんだよ」

腰の部分で切り替えただけの流れるようなデザインは、色の美しさと柔らかい
布本来の動きによってらしさがうまく浮き出されていた。

「まあ、確かに悪くはない。それはともかく……どうだ。何かわかったのか?」

「そんな簡単に結論が出る訳ないだろう?でもに関してのことは自然と俺にはわかるからな。
 俺を守護してくれる存在である可能性は高い。いや、そうであって欲しい」

「めずらしいな。おまえは自分の事には結構いい加減だったのにそれだけ影響を受けているのか。
 でもおまえにはその方がいいかもしれないな。何かあるようならすぐに私に知らせろ」

「わかってるさ、サーシェス。あんたの手を借りる時は最悪の事態になっているだろうからな。
 を巻き込まないためにも絶対にそんなことにはならせない」

ヴァルアスの視線の先には一人窓から外を眺めるの姿があった。
まるで穏やかな時間へと別れを告げるように窓の外には白輝月が明るさを増して最後の光を放っている。
これから来るであろうことへのかすかな不安がヴァルアスの心を横切ってゆく。
ヴァルアスはそんな自分に苛立ったように髪をわしゃわしゃとかき乱すと、全てを振り切るように
へと向かって歩き始めた。

決意をこめた意思の光を瞳に宿らせて。



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