ヴァルアス・ヴォルフガング編
                  第三話



「ヴァルアス。お、落ち着いて。ね、頼むから落ち着いてよ」

じりじりと迫ってくるヴァルアスを必死に止める。それを後ろではやし立てる隊員達。
少しは助けてくれと言っているのに誰も止めてくれるどころか邪魔をしようともしない。

「馬に蹴られたくないからな」

真剣な顔をして動くこともせず返されるだけだった。

「あきらめろ。これも一種の愛情表現なんだからさ」

本当にこれが愛情表現?!私には、いじめにしか思えないんだけど!
って言うより、みんな自分に回ってきて欲しくないから、無理やり私に押し付けてるだけでしょう!!

まるで追い詰められた草食動物のごとく無抵抗のを逃さないように言葉でも逃さない。

、俺に一人で行けって言うのか?」

半ば脅しめいた押し付け言葉をヴァルアスはゆっくりはっきりと言った。

「だって、私行ったことがないし」

「なに、大丈夫。俺達だけが来るんじゃないからさ。それとも、俺と一緒じゃ嫌なのか?」

何とか続けようとした反論が思わず口の中で消えてしまうほど、ヴァルアスの俯き加減の表情は
影と憂いに満ちていた。思わず見惚れてしまったの隙を見るやいなや、ヴァルアスはその手を取ると朱印をもたせ、
書類の自分の名前が書いてある所にポンッと押印させた。

「これでよしっ、と」

「ああっ」

一瞬の隙を突かれまんまと策略に嵌められてしまった。
自分の魅力をわかっていて使える時には最大限に使うと言っているヴァルアスにとっての初々しい反応は
簡単に予想できたに違いない。その策略にまんまとはまってしまった自分があまりにも情けないがそれを
自覚するにはもう遅い。
そんなに自分は読みやすいのかと落ち込んでいるに気付いていないのか、やけに明るいヴァルアスの声が
上から降ってきた。

「さあ、それじゃ楽しい短期旅行に出発決定だな。今年はいったいどうなるか。
 想像するだけで心が躍るぜ。、覚悟はいいな?」

か、覚悟って、何の覚悟?!

こうして三泊四日のフィリス郊外別荘旅行への強制出発が決定したのであった。



                          *

「一人、二人、三人!ふふっ、ふふふふふっ」

不気味な笑い声が静かな部屋に響きわたる。

「この日をどんなに待ち望んだことか。毎年のこととはいえ、指折り数える日々はとてつもなく長い」

ため息をつき、一人苦悩の人を演ずるこの人物は窓から庭園に集まっている人達を粘着質の混じった視線で
眺めていた。

「いかに短期間のことと言えど疎かにしてはいけない。自分を知らない者達ほど腕の振るいがいがあると言うものだ」

「うるさいっ!」

不気味に笑い続ける声に苛立った声とともに木刀が頭に軽く打ちつけられる。

「なにをする!」

こぶができたらどうしてくれる、と叩かれた頭を撫でながら振り向きざまに声の主を睨みつけた。
だが声の主、サーシェスはその視線を気にもせず、逆に相手に冷ややかな視線を投げ返した。

「これしきのことで興奮状態とは精神修行が足りん。それとも寂しいことにこれしか楽しみがないのか?
 まあどちらにしろ私にはとても真似はできん」

「なっ……」

相手の勝手な言葉に言いかけた反論を苦しい思いで何とか飲み込む。
この男の前で言い返したらそれこそ倍返し、そしてその結果自己嫌悪への泥沼地獄へ落とされてしまう。
楽しみをすぐ先に待たせている以上それは得策ではない。ひたすら自分に言い聞かせ我慢した。

「まあいい。やるべきことをやってもらえれば文句は言わん。だが使えなくなるような真似はするな」

にらみ合いが続いた後、サーシェスはそう言うだけ言うと付き合いきれんとばかりに早々と部屋を後にした。

「あいかわらず気に食わんがいざ何かあれば責任を取るのは奴だ。思いっきりやらせてもらおう」

男の高揚した気分と笑い声は鐘の音に消され、外まで響くことはなかったのだった。



                        *

「大丈夫だ、しっかりしろ。俺がついている、

肩に励ますように大きな手をのせながら、ヴァルアスが顔に合わせるように自分の顔を下ろしてくる。

ここは、フィリス郊外の城保有の別荘の一つ。
その広大な敷地と建物の美しさは城とは違った迫力を保っていた。
城と言う国の機関より砕けた外見がかえって自分には縁が無いところだと実感させられてしまう。
いつもは静かなその広大な別荘の庭園に二十人ばかりの人が集まっていた。
自分達以外にも来るとは聞いていたが、何の目的でここに集められたのかは一切合財全く聞いていない。

はチラッと横に立つヴァルアスの顔を覗き見た。
その横顔は真剣そのもので何か近くにいてもずっと遠くにいるように感じてしまう。

なんで私を選んだんだろう。単に経験の少ない私がいろんなことをやったほうがいいって
言うだけなのだろうか。それとも皆の調子に煽られていたからなのか。
疑問ばかりを何も言わない横顔に心の中でそっと語りかけた。
だが見つめ続けるの視線に気付いたのか、ふとヴァルアスがこちらを向いた。



を呼ぶ声と満面の、安心させるかのような暖かい笑顔。
訓練となると厳しいがこんな時にみせる表情は見惚れて視線が離せないほど魅力溢れるものとなる。
周りの状況も忘れて自分達二人だけしかいない錯覚に陥ってしまいそうだ。

、俺がいるから大丈夫だ。前みたいに俺を頼ってくれよ」

前みたいに?

「ヴァルアス、今のって」

聞きかけたの声が時間を告げる鐘の音と重なる。
何かを言おうとしていたヴァルアスの言葉も大きく響く鐘の音にかき消され、
はその続きを聞くことができなかった。



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