ヴァルアス・ヴォルフガング編
                 第二話



「おーい、大丈夫か」

「がんばれ、あと少しだぞ」

地面に倒れふしている私の頭上から励ましの声。
ここに来てからもう十日が過ぎているのに、未だに一日に一回は倒れる羽目に陥っているへの激励。
半ば、からかい混じりに言われるの同僚、警備隊の面々から。

ヴァルアスが所属する部隊は城の外、主に城下町フィリスの治安を守る警備隊の中の十人程の小隊が彼に
任されていた。どうやら若手の有望株が集められているようで先鋭部隊の一つとなっている。男性ばかりの隊の中で
少し前までは女の人が一人いたらしいが聞く話によると寿退職となったらしい。同じ警備隊の人と結ばれたのを
聞いた時はものすごく羨ましいと同時に憧れた。だって苦しい時には楽しいことや幸せなことを考えたくなる。
ましてや現実に男の人ばかりの職場にいるとそんなこともあるかもしれないって思っても仕方がないと思う。
実際、目の保養になる人達ばかりだったから。
でもそんな風に浮かれていたへの戒めだったのか、怪我が絶えない毎日を過ごすことになってしまった。
の心がここにあらずの状態にヴァルアスはちゃんと気がついていたらしい。いくら疲れて力尽きても
容赦なく最後まできちんと訓練はさせられた。
最初はもう少し優しくしてくれても、と思ったいたがそのおかげなのか体力がついてきた気がするし、
抱えていた心配事なんて考える暇もなくなってしまった。
現状を気持ち的に逃げていることやこれから先に不安を抱いていることなどがヴァルアスにはわかってしまった
のかもしれない。口に出しては言われなかったし聞かれもしなかったがの気持ちを汲み取ってくれた。
大分荒療治だけどと思いながら息を整え寝転がっていたの上にフイッと影が差したかと思うと、思い切り腕を引かれ
起された。そこにはここ数日で見慣れた苦虫をつぶしたようなヴァルアスの顔がある。
無言で続きを走るように促すと、自分も訓練に戻るべくの横を通り過ぎた。

「あと少しだ、がんばれよ」

吐息とともに言葉が耳をかすって行く。
はっと顔を上げた時にはすでにヴァルアスはこちらに背中を向けていた。

「ヴァルアス」

彼らしい不器用な励まし方に思わず笑えてきてしまう。

!早くしろっ!」

笑いが止まらないを叱咤しながらヴァルアスはいつもの言葉と少し照れたような表情を見せたのだった。



                            *

神様、私が何をしたって言うんですか?知らないうちにあなたの気に障ることをしたのでしょうか?
それともあなたの手が届かないほど忙しいのですか?
お願いです。ほんの少しでも哀れに思われるのならどうかお助けください!

、いいかげんあきらめろ」

ヴァルアスがを捕まえようと手を伸ばす。何とか必死に逃げるがどうやらそれも時間の問題かもしれない。
なにせここは限られたスペースしかない場所だから。さすがにベッドの上では限度があるだろう。
しかも訓練中に怪我をしてしまったため思うように動けず痛みをこらえてベッドの上をあちこちに移動している
だけだ。怪我の理由も思いだすだけで恥ずかしい。真剣に訓練に打ち込むヴァルアスのたくさんの表情に
見惚れて気を取られた結果なのだから。だから怪我をしたのを見てヴァルアスが血相を変えて飛び込んできた時
には条件反射で顔が真っ赤に染まってしまった。

「きゃあっ!」

自分の今の状態を悟られまいと必死に隠すに気付かずヴァルアスは膝裏に手を入れるとその体を抱きあげた。

「や、やめて。降ろして、お願い」

突然起こった衝撃的な出来事に恥ずかしさが込み上げてきて必死に止めてくれるように言うがその言葉を無視して
ヴァルアスは構わず歩き出す。

「ヴァルアス、お願い」

小さく呟く願いもヴァルアスの甘く揺れる視線で言葉が止まってしまう。

「自分で歩けないのに無茶言うな。我慢も必要だが今はそんな時じゃない。大人しくしてろ」

隊員の視線も気にせず救護室へと運ぶヴァルアスの腕はしっかりと揺るぎのないものだった。
だがその手が足の治療をしようとの足に触れた時、刺激と共に体の中を暖かいものが流れた。

なんだろう?この気持ちは。でも妙に安心する。私、この感じ知ってる?

心地よさに引きずられてぼんやりしていたの耳元に甘く優しく言葉が囁かれる。

「おまえの全ては俺のものだ」

火照った顔をしたを再び腕に抱えて部屋へと運ぶヴァルアスの表情は満面の笑みを浮かべている。
だがはそれに対する反論の言葉の一つも出すことができない。

「おまえに何かがあれば俺にはわかる。その時は俺がすぐに駆けつけるから」

まっすぐな視線が逃れることを許さない。それにきっと口から奏でる言葉だけで身動きできなくなってしまうだろう。
それ程、ヴァルアスに囚われてしまったには毎日の訓練を必死の思いで耐え抜くしかならなくなった。



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