ヴァルアス・ヴォルフガング編 
                第十一話



、待てよ!」

「…………」

、聞こえてるんだろ?!待てったら!」

今更なに?呼び止めて何を言うつもり?
いくら止めたって無駄よ。聞いてなんかやるもんか!

「隊長、また何かやったんですか?」

「早く仲直りした方がいいですよ」

「後に持ち越すと余計にこじれますからね」

皆勝手に言いたい放題で楽しそうに茶々をいれる。

「うるさい!そんなんじゃない!ぼやぼやしてないで早く持ち場に行け!」

それにヴァルアスが不機嫌そうに怒鳴っていた。
だが隊員達もそんな自分達の隊長には慣れていて素知らぬ顔してまだ休憩時間だの、
謝ったほうがいいだのと全然堪えた様子もなくおもしろそうに二人の攻防を眺めていた。

「いいかげん人の話を聞けって」

足を止めようとしないに焦れてきたのか、ヴァルアスの声には苛立ちが少し混じってきている。

「おまえが何に怒ってるのか知らないけど、俺はおまえを裏切るようなことをした覚えはないぞ!」

「本当に?」

何に怒っているのかわからない?裏切るようなことはした覚えがない?

その言葉には憤然と勢いよく振り返った。

「何に怒っているのかわからないの?自分がしたことを思い返せばわかるんじゃない!」

「わからないから聞いてるんじゃないか」

「人のこと大切だの離れないでくれだの言っておいて舌の根も乾かない内にきれいな女の人と楽しそうに話していたのは
 私の見間違いなのかしら?」

怒りのまま吐き捨てるように言ったにヴァルアスはしばし呆然としていたが我に変えるとニヤッと笑った。
その余裕さえ伺わせるヴァルアスの態度に少々カチンとくる。

「……なに」

「ふ〜ん。、それって焼きもち?」

「な、な……」

「そっか〜焼きもちか。うん、うん。が焼いてくれるなんてやっと俺の気持ちが通じたんだ」

「何言って、そんなんじゃ」

自分の都合言いように納得しているヴァルアスはこちらの言うことなどちっとも聞いていない。

「隊長、おめでとう!」

「地道な努力の結果ですね」

「捨てられないようにしなきゃ」

それどころかヴァルアスは隊員達のお祝いと励ましの言葉を盛んに受けそれに応えていた。

「だからちゃんと私の言葉を聞いてよ!」

先程とはとは逆に今度はがヴァルアスに向かって言い放つ。
だがそれもきれいに聞き流し、目の前ではヴァルアスが嬉しそうに隊員達の言葉を聞いていた。

ああ、もう!こんなんじゃ真剣に怒るほうが馬鹿じゃない。

盛り上がっている様子に深くため息をついていると皆から離れたヴァルアスが近づいてきた。
に向かって微笑みかけるヴァルアスの表情は純粋な喜びに溢れている。



呼びかける声にも甘さが混じっている。は急に恥ずかしくなって、黙ったまま俯いてしまった。
そんなに優しく肩に手をかけようとしていたヴァルアスは何かに気付いたのか、ビクリと震えると
その動きを止めた。

「ヴァルアス?」

空中で止まっていた手がを攫うように強く抱きしめ自分の背の後ろに隠すように回すと、
険しい表情で前方をキッと睨んだ。

「隊長?」

「来るぞ」

ヴァルアスの強張らせた表情と声で隊員達にはわかったらしく、あわてて後ろに整列し、
一様に表情を引き締めた。いつもと違い、どの隊員の顔にも余裕は見られない。

、いいか。喋るなよ」

ヴァルアスがに注意したと同時に背後から声がかかる。

「全員そろっているようだな」

冷たく抑揚のない声。その声はどこかヴァルアスの声に似ていた。



                          *

「異常はないか」

「ありません」

上官に対するヴァルアスの態度は普通に考えればおかしい所はないと思う。
だがはどこか違和感を感じていた。
強いて言えば敵対心とでも言ったらいいだろうか。だがその中にどこか畏怖する気持ちも混じっている気がする。
同じ上官でもサーシェスに対する態度とは大きく違っていた。

「休憩を取るには少々目立ちすぎる場所ではないか?休んでいても常に市民の目は向けられている。
 警備隊にあるまじき行動だけはするな」

「承知しています」

「わかっているならいいが常に気を配っておけ。ところで見知らぬ顔が見えるが?
 報告がないようだがおまえの後ろにいるのが例の?」

「あなたがお気になさるようなことではありません」

「仮にもここにいるからにはおまえの隊の者なのだろう?
 私に紹介もないのは報告義務に反するのではないか?上官命令は絶対のはずだが」

青年は命令という形で言わざるを得ない状況に追い込んだ。
ヴァルアスの顔に一瞬怒りが浮き立つ。たがギュッと口唇を噛み締め堪えるとの肩を抱き彼の前に立たせた。

「私の隊に二ヶ月間見習いで入隊しましたです」

を探るように見るその眼はいかなるものも見逃さない鋭く厳しいものだった。

「実は一度報告に来る時に連れて来いと言ったのだが忙しいと言われて断られてしまった。
 本当なら命令違反とも言えるのだが私も時間を割くのが難しい身だからな」

「お聞きしてもいいですか」

物怖じをしないの態度を面白そうに眺めていた青年はヴァルアスの方をチラリと見ると、
再びは視線を戻して答えた。

「なんだ」

「あなたのお名前と立場を教えてください」

!」

止めようとするヴァルアスを無視して、は挑戦的に彼を睨むように見つめた。
ヴァルアスに対する態度もそうだが、自分以外の人を下に見るようなその高圧的な態度が気に入らない。

「本当なら不敬罪として隊長に責任を取ってもらうってもいいのだがその度胸に免じて教えてやろう。
 私は第一警備隊副指令、ガルヴァローズ。ガルヴァローズ・ヴォルフガング副指令官だ」

「ガルヴァローズ……ヴォルフガング?!」

ヴァルアスにかばうように抱かれて聞いていたの前で彼はゆっくりと微笑む。
その笑みはまるでどこまでも狙いを定めた絶対者の冷たい顔だった。

「副指令、ガルヴァは……俺の兄だ」

暗い声がポツリと呟く。
まるでこれから起こる何かを危惧するようなヴァルアスのその声にの体には震えがきて止まらなかった。

この出会いをなかったことにできはしない。時間を戻すことはできないのだ。
全てはもう動き始めるしかなくなってしまったのだから。



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