ヴァルアス・ヴォルフガング編
                  第十話



月は神がくれた最高の贈り物。
人々を導き、守り、恵み与えるもの。

確かに人々にとっては感謝すべきものなのだろう。
だが俺にとっては厄介なものでしかない。
惑わせ苦しませる。心を乱しそして闇へと誘うもの。
月が姿を変えるたび、俺の中の苦痛が増す。何度も何度も繰り返される。

生きている限りずっとこのままなのか。
呪縛ともいえる苦しみから逃れることはできないのか。
それならいっそこの命を天に捧げてしまえば楽になれるのだろうか。

はっ!そんな簡単にいくものならとっくにやっている。
呪縛されている俺にはこの生を終えたとしても本当の意味での終わりなど約束されていないだろう。
俺という人格が無くなったとしても俺であったものがずっと呪縛されていくことには変わりはないのだから。

消えない鎖に縛られ続け俺の中には炎が宿った。焔という名の炎が。
怒り、自分と全てを恨みそして周りに嫉妬した。

感情に囚われ思いつめて自分を失くしそうになった時、俺は光を見つけたんだ。
自分と似ていて、でも正反対の存在。
苦しみながらも自分を見失わない強い心。同時に弱くて優しくて人の気持ちと同調してしまう程の繊細な心。
傷ついているのにどこか自分を責めていた。

彼女に出会って自分の中で渦巻いていた感情が吸い取られたような感覚を感じた。
波立っていた心しか知らなかった俺が初めて穏やかな気持ちを知った。
そんな彼女を傍にいて慰めたいと思った。

離したくないっ!!

湧き上がる気持ちを俺は必死で押し殺した。
今、自分がこの激情のまま彼女を離さなければきっといつかは彼女を壊してしまう。
彼女のこれから続いていくであろう道を断ち切ってしまう。
それは許されないことだった。

自分がこの世に生を受けた時、呪われながらも救う存在が現れると言われた。
時が来たれば自ずとわかると言われた運命の相手。

そんな相手が本当にいるのか。自分を知れば知るほど信じられなかった。
だが俺にとっては一筋の光だったんだ。不確定なものを信じてでも救われたかった。

彼女を放したのはその啓示がなかったから。
自分の身に起こると言われた啓示が形として表れなかったから。
いくら求めていてもそれを裏切れば彼女の身に何かあるかもしれない。
そんな臆病な気持ちが彼女を離させた。

いつか再び会うことができたのなら、そう思わずにはいられなかった。
に会ってから俺の中に希望が生まれたんだ。再び会うことを信じ、祈り、強く願った。
心から望んでいたけれど、こうして再び巡り会うことができたのは奇跡ともいえるかもしれない。

運命の啓示がどんなものか俺にはわからない。だが知る必要もないだろう。
だって俺は決めたんだから。、俺はおまえをもう離さないと決めたんだから。

おまえを全て感じたい。俺をまるごと感じさせたい。俺がどうなろうともおまえと共にいたい。
気持ちばかりが溢れんばかりにこみあげてきた。

運命なんて知るもんか!運命なんて関係ない。俺が俺であるためにはおまえが必要なんだから。
おまえがそうであろうとなかろうと、俺にはおまえが俺にとって大切な存在だと強く感じた。
俺にはそれだけで十分だ。

だからおまえに俺の全てをやる。いくらおまえが嫌がっても返品は却下させてもらう。
諦めて俺を受け入れろよ。俺に狙われたのが運のつきだと諦めてくれ。

覚悟していろ。、俺は必ずおまえを手に入れてみせる。
誰にも邪魔はさせやしない。
おまえは俺の闇の中の月なんだから。



                            *

「まあ、おまえの気持ちもわかるけどな」

巡回後、どうだったと聞かれて事の顛末を話した後に皆からもらった言葉は
あきらめろとか仕方がないとか、似たような意味合いの言葉ばかりだった。

どうして皆最初から諦めているの?それっておかしいじゃない!
気持ちがわかるって言うのならもう少し何とかしようって思わないの?
しかもあなた達の隊長でしょう?何かあったら無関係じゃいられないのに!

「だって、考えてもみろよ。隊長が誰かの言うことに耳を貸すと思うか?
 それに今までだってこんな調子だったし。そりゃ何かあったら防ぎもするし助けもするけどな」

「確かにそうかもしれないけど」

「隊長らしいって思うしかないじゃないか。にはわかりにくいかもしれないけどふざけてなんかないよ」

「女の人ばかりに声をかけていても真剣だって言うの?!」

「変な言い方だけどあれは適材適所でもあるんだ。一種の情報収集とでも言ったらいいのかな。
 ああやって気さくに話しかけて何か変わったことはないか、役に立つ情報はないか聞いてるんだ」

「いい情報を持っているってこと?」

「男よりは視点が広いからいろいろ見逃さないし。でもまあやっぱりあれは好みもあるかもなぁ」

だってやっぱり話すなら厳つい男よりはいいよ、などと言っている隊員の言葉を後ろには歩き出した。

これだから男の人は!確かに女の人なら情報でも、他の余分な話でも喜んで話すでしょうよ。
気さくだし見栄えももちろんいいし話も上手だから相手も話す時間を引き延ばそうとついついいろんなことを
話してしまうでしょうね。それこそ秘密にしておきたいこともポロッと言ってしまうかもしれない。
だけど目の前ではやって欲しくなかった。勝手な言い分かもしれないけど他の女の人と楽しそうに話している
ところなんて、笑っているところなんて見たくもなかった。

その気持ちってヴァルアスに惹かれている証拠でしょうね。
ううん、ちゃんと認めるわ。ヴァルアスが好きだってことを。

振り回されていたのは行動だけじゃなくて感情さえも振り回されていた。
彼の知らない面を見ると嬉しくて目が離せなくて、でもそんな自分を認めたくなくて余計に反発してみたりもした。
でも抗うのも時間の問題だった。自信家で負けず嫌いなのに本当は寂しがりやのあの人に捕まってしまった。

でもなんかいい気分。素直に認めることがこんなに楽になることだったなんて。
心が晴れ晴れしてる。
だけど今気持ちを告げたとしても振り回されて混乱させられる羽目になりそうだから今はまだ言わない。
これだけ悩んだんだからそんな簡単に言ってたまるもんですか!

それにその時が来れば自然に言える気がするから今はまだそっと抱きしめていたい。
この気持ちを。



                            *

「明日も俺とまわるからな」

帰ろうとするにヴァルアスが念を押すように話しかけてきた。

「おまえは俺が付いていないと危なっかしいからな。俺と一緒でないと。、聞いているのか?」

の前でどうにか正当性を付けた立場をとろうとするヴァルアスに幸せを感じながら込み上げてくる笑いを
止めることができなかった。

、おまえは俺のパートナーなんだから」

強調するヴァルアスの言葉を何回も聞きながら一緒にいられる幸せを噛みしめた。



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