サーシェス・サンフィールド編
                 第五話



「戻ってこないか」

あたりまえだ。こうなることはわかっていた。
ヴァルアスの元へ行かせたらが話を聞くであろうことを。

最近の様子から悩んでいることも知っていた。
思いつめたような横顔に口を開きかけたことはあったが言うことなどできるはずもない。
自分の口から己の特異性を言うことなんて。やっと近づいた距離をまた広げることなど。
ようやく自分の気持ちにほんの少し素直になることができたのにまた元通り、いや、今まで以上の溝を
開けることになるかもしれないのに。

「私が言いよどむなんてな」

周りからは冷血だと言われ続け、部下からは恐怖の念を抱かれているこの私がたった一人の少女に
気持ちを振り回されている。
頑なに拒んでいた安らぎを本当は心の底でこんなにも望んでいた。
自分の口から話すことを躊躇い、いっそ他の者の口からなら話されてもいいのだと思うほどに。
だが、いざそうなると不安と嫉妬が入り混じり心のどこかに痛みを感じている。
見えないとわかっていても窓から今二人が会っている場所へと視線を向けて無視できない痛みをこらえている。

「私らしくもない」

どうしていいかわからなくて自暴自棄になりそうな自分が信じられない。
けれど今の姿も自分の持っていたものであると思うと何故かうれしくもあってサーシェスは苦笑を浮かべた。

「本当にあなたらしくないですね」

突然背後から掛かった声にサーシェスは勢い良く振り返った。

気配を全く感じなかった。
それ程に自分の考えに没頭していたのか、気持ちを乱されていたのか。
認めたくないが事実ではあるだろう。
だが、それだけではなくリュークエルトが気配を殺していたこともあるに違いない。
湧き上がった驚きと苦い念を隠し平静を保つよう落ち着かせたサーシェスの視線の先の
リュークエルトはいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。

「……勝手に入ってくるとは礼儀がなっていないのではないか」

「ちゃんとノックはしましたよ。ですがあなたには聞こえなかったようですね。
 熱心に見られていたみたいなので……そんなに気になりますか」

「何を言っている」

「今更誤魔化さなくても大丈夫です。俺も気になりますからね、わかりますよ」

ふいと窓から視線を逸らしたサーシェスを気にした様子もなくリュークエルトは窓に近寄ると
寂しげな微笑みを浮かべた。

「自分の傍にいて欲しいと思う存在が自分以外の者と一緒にいると思うと辛いですね。
 には俺だけを見ていて欲しいと適わない願いを抱いてしまう。
 全てを知っても受け止めてくれる、包んでくれる。安らぎや優しさを無条件でくれる。
 俺も彼女の為にそうありたいと思います。誰にも渡したくない。たとえそれが誰であろうとも。
 サーシェス、あなたもそれは感じ始めていますよね。あなたが自分のことを自分の口から
 言えないことがその証拠。あなたもに救ってもらいたいんでしょう?」

「……何を言っている」

「そうまで隠そうとされますか」

「何のことだ」

「自分でわかっているのに知られたくないのはあなたのプライドですか?
 それとも本当にわかっていないとでも?それなら救いようがない」

「リュークエルト!おまえ、何を言っても許されると思っているのか」

「サーシェス!!」

強い声が再び反論をしようとしたサーシェスの言葉を遮った。
真剣な表情が、金色に輝く瞳がサーシェスの反論を許さぬように射抜く。

「認めなさい、サーシェス」

強い意志の力に押され、サーシェスの口は反論を噤んだ。
そしてリュークエルトと合わさった視線を珍しく彼の方から逸らす。
それは自分でもやりきれない感情の波に戸惑ったせいでもあった。

「あなたはに助けを求めているんですよ」

リュークエルトの断言するような言葉が静まった部屋に響きわたる。
窓の外に広がる空はいつの間にか濃い色を含み始めていた。



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