サーシェス・サンフィールド編
                 第三話



サーシェスとの日々は瞬く間に過ぎていった。

当初の想像通り忙しい毎日ではあったが、それでも自分の時間を思ったよりも取れていることに気がついたのは
かなりたってからのことだ。

慣れない仕事とサーシェスと一緒にいることへの緊張感からだろうか。
疲れが取れずに毎日を過ごしていたにさり気ない気遣いがされるようになったのは
サーシェスの一言からだった。

「おまえはいつも無理ばかりしている」

が執務室から出て行こうとした時に呟かれたその言葉はあまりにも小さくてはっきりしたものではなかったが、
振り返った先にある表情はいつもと違ってどこか心配そうにみえた。
思わず聞き返したへの返答はなく、表情はいつも通り感情が見えないものに変わってしまっていたけれど。

それからだった。
忙しいことに変わりはないが時々合い間を縫うようにして気分転換が出来るような場所や時間がいれられるように
なったのは。
どんなに忙しくて仕事が終らなくても時間になれば切り上げられるように仕向けられるようにもなった。

気がついて自分も手伝っていくと言っても頑としてそれを拒否されて。

最初の頃はその態度に憤りも感じていたけれど自分の体調を気遣ってくれていることに己の体でわかった。
ふらふらになってどこかぼんやりとして集中できないようになったのは全て体調から来ていたことだ。
そういった肝心なことには自分が一番最後に気付く。
反発するに何も言わず、言いたいことを黙って聞いていたのもサーシェスの思いやりだったのに。

自分の部屋のベッドで疲れて動けずにまどろんでいた時、ふとした優しさをもらっていたことに
やっと気がつくことができた。

普段はうるさいくらいに言葉が多いのに肝心なことは言わないサーシェス。
不器用なのか何とも思っていないのか、それともそれさえも計算されていることなのか。
何にせよ、サーシェスへと向かう感情は改めさせられた。
いつの間にか直ぐ近くで忙しそうにしている気配を感じながらは幸せを感じるようになっていった。



                      *

執務室を出るとはそのまま目的の場所へと向かった。
渡された書類もないので直接行っても問題は無い。
サーシェスは少し休んでから行けるように時間を取ってくれていたがその時間も惜しく、
どこか足取り軽く廊下を突き進んでいた。
建物の中を抜け、中庭を突っ切ると聞きなれた音が聞こえてくる。
久しぶりにこの場所へと来られたことに自然と顔が綻ぶのが自分でもわかった。

!」

開けた場所へと姿を見せた途端うれしそうな声がかかる。
まるで前から来ることがわかっていたみたいにタイミングがピッタリだった。

の足音が聞こえたから、皆に休憩に入ってもらった」

「よおっ」

「久しぶり、元気だったか」

あちこちから声が掛かる。地面へと腰を下ろし声をかけてくる元同僚達は一様にうれしそうな顔だ。
そんな彼らにも笑顔を返すと頭に浮かんできた疑問をヴァルアスへと尋ねた。

「足音って、そんなに私大きな音だった?それにそれが私ってどうしてわかったの?」

驚かせようと思って知らせずに来たのに、と言うと

「そんなに大きな音なんか立てなくったって俺には聞こえるさ。
 は俺の耳がいいってこと、忘れたのか?
 それにどうして俺がの足音がわからないって思うんだ?俺が聞き間違えるはずないじゃないか」

心外だ、とばかりヴァルアスはほんの少し憮然とした表情をみせた。

だが、口ほどには気にしていないだろう。
直ぐに表情をあらためへと近付くと腕をとって強引に自分の隣へと座らせた。

「ヴァルアス!?」

「そんなことで時間を潰すなんてもったいない。サーシェスの用事で来たんだろう?
 だったら用事をさっさと済ませて少しでも長く一緒にいたいからな」

ニヤリ、と下から覗きこむように見るヴァルアスの視線があまりにも真っ直ぐで
心臓が途端にどきどきし始めた。

「あーーーっ!隊長、ずるいですよっ。俺らだって久しぶりなんだからと話したいこといっぱいあるのに!」

「そうですよ!いつもさっさと自分の所に連れて行って。たまには皆で話をするのもいいじゃないですか!」

至近距離に近付いてきたヴァルアスの顔は部下達の割って入った声にチッと悔しそうにすると
その感情のまま部下達へと言葉を投げつけた。

「ああ?は用事で俺の所に来てるんだよ!俺の隣に来て当然だろうが」

「それでも何もそんなに近くなくてもいいでしょう?」

「いいんだよっ!近くて!!……それよりおまえら、サーシェスからの用事なら重要事項の
 可能性もあるんだ。他の者が聞いていい話じゃない。気を利かせて離れるなりしないか」

「もう、また勝手を言って。隊長達が他に行けばいいじゃないですか。二人きりがいいんでしょう」

「何だ。せっかくおまえ達がの姿だけでも見たいだろうと思ってここでと考えていたんだが
 ……そう言うんならご希望通り姿の見えない所で二人っきりでたっぷり話をしてこようか」

な、。と熱い視線で見つめられる。

「え、え、えっと……」

「遠慮しなくていいんだぜ。二人っきりがいいだろう」

熱く迫ってくるヴァルアスに耐え切れず、すみません、ここでいいです、と慌てて言う。
だがヴァルアスは背後から大声で叫び続ける隊員達を無視してを肩に回した手でグイッと引き寄せた。

「いい、いいの。ヴァルアス、ここでっ。私も皆の顔見ていたいしっ」

久しぶりの力強い手と温かさを感じて真っ赤になったは焦りのあまり思わず思いっきり
ヴァルアスを押し返してしまったがそんな態度にもヴァルアスは気にした様子も見せない。

、相変わらず照れ屋だな」

の顔をまっすぐに見つめ続けヴァルアスは嬉しそうに笑ったのだった。



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