リュークエルト・ドラグーン編
第九話
「疲れたなぁ」
は小さく息を吐き出すと壁に体をもたれかけ手に持った甘い果実酒のはいったグラスをゆっくりと口に運んだ。
久しぶりに人の多いところに来たせいか、思ったよりも疲れが早いように感じる。
ほどよい果実の甘さが疲れた身体を癒すように全身に行き渡ってゆく。
だが、その甘さもの身を完全にリラックスさせるには至らなかったようだ。
周りから寄せられる視線の数は一向に減る様子がない。
初めは自分が何故こんなにも注目されるのか不思議でならなかった。
しかし、今となって自分は本当にとてつもないことになっていたのだとようやく実感を伴ってきた。
それだけ自分が第二国事官吏室に来たことが特異なことだったと身をもって体験しているのだ。
人々の視線やあからさまな言葉の数々で。
自分がどれだけ分相応なのか、どんなにリュークエルトと遠い位置にいるのか。
本来なら近づくこともできない。だからおまえは幸運なのだと、役目を果たすために仕方なく世話をしているのだと、
考えたくなくてもこの場にいるおせっかいな人達が教えてくれた。
そんなはずはない、と否定できるはずだった。なのに言葉が口から出てこなくて、震える身体を押さえるのが精一杯で。
傍にいることが自然になっていた。当たり前のことになって、以前から知っているかのように
居心地のよい空気が常にあった。
でも、こんなところにくると実感してしまう。
たくさんの人から求められてリュークエルトは決して自分だけのものではないのだと。
いくら私に微笑みかけてくれてもその微笑みは私だけのものではないと。
ただの一市民と国のエリート官吏官。どこにも交わるところはない。
きっとこの務めが終わればもう会えなくなるだろう。
引き裂かれたような心の痛みを感じる。いつの間にかこんなに弱くなってしまった。
優しくされ傍にいて守られ、いつの間にか甘えることに慣れてしまっていた。
一人周りから離れ、一人で何事も解決してきた私はどこにいったんだろう?
今までの自分だったら、いくら怖くても夢くらいで悲鳴を上げるなんてことはなかったはずだ。
ただ悲鳴を上げ、震えてるだけなんて情けないにも程がある。
自分で自分の身を守ることは当然なのに守られることを当然と思うようになってしまうことはおかしい。
彼と自分の立場が違うことはわかっている。
しかしそれが事実でもあの家でもらえた優しさに偽りはない。
もともと守られることを良しとしているだけではないのだからそれを覆せばいいだけのことだ。
リュークエルトの感じる苦しみを守ることができるようにいつもの自分に戻ろう。
そうすれば口しがない噂からも弱い自分からも抜け出すことができる。
彼を苦しみから解き放ちたい。そのために迷わず、自分を必ず取り戻して見せる。
夢になんて惑わされずに。
*
「ここにいたんですね」
人波をぬって聞きなれた声がの耳に届いた。普段とは装いも違ったイグニスがのもとへと近づいてくる。
今日の国事官吏の会議の後は一区切りもついたと言う事で簡単な立食パーティーが行われていた。
のような城にきている少女たちの姿もパラパラとみえた。
彼女たちは一往に楽しそうで、素直にここに来れたことを喜んでいるようだ。その顔には笑顔が浮かんでいる。
先日の夢の件があってからリュークエルトはあまりにも過保護なほどを傍から離さなかった。
余程なことがない限りあんなに信頼しているイグニスにさえの事を頼まない。
自分がついていられなかったことが相当堪えているらしい。
今日も本当は行かせたくないと、リュークエルトにしては珍しく渋っていた。
強制参加らしいのでいくらリュークエルトの力でもどうにもならなかったらしいが、自分の傍に置いた方が安全だと
踏んで仕方なくパーティーに出ることを観念したとみえた。
何故、あれだけリュークエルトが自分を行かせたくなかったのか今となっては嫌と言うほどわかる。
そのリュークエルトは先ほどから大勢の人に囲まれていて抜け出すことができないようだ。
当然とわかっていても、寂しいことに変わりはないし、知らない人達から言われた言葉がの感情を
負の方向へと導いていく。
自分へ対しての憤りやら、リュークエルトの傍にいる人達への嫉妬やらでどんどん思い込んで険しくなっていった
の頬に優しく手が触れた。
「イグニスさん?」
「大丈夫ですよ」
の苦しさをまるで吸い込んでいくようにイグニスの手の平は心地よくあたたかい。
まるで全てを許し、包み込んでしまうかのように。
「ありがとうございます。……落ち着きました」
口元に笑顔が少し浮かんでいるのを意識しながらイグニスへと礼を言う。
事実、先ほどまでのいらだった心が嘘のように穏やかになっていった。
イグニスは言葉は少ないが、その優しさは穏やかな風にも似て心に静かに広がっていく。
「さあ、リュークエルトさまがお待ちです。行きましょう」
イグニスはそう言いながら励ますように微笑むと、の手をそっと引きその手を離さないよう握り締めたまま、
リュークエルトの元へと誘ったのだった。
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