リュークエルト・ドラグーン編
第十話
「少しは使えるようになったそうだな」
必要以外には聞きたくなかった男の声が引っかかる言葉を放ちのぼんやりとしていた意識を覚まさせた。
嫌でも認めざるを得ない優美な外見と美しい声。
だがひと癖もふた癖もあるだろうサーシェスがリュークエルトと一緒にこちらを見ていた。
「初日から倒れるような鍛え方の足りない身には無理な仕事と思っていたが、まあその割にはちゃんとやっている方だろう」
「〜〜〜!」
は今にも油断すれば動きだしそうな両手を力いっぱい握り締めながらも懸命に引きつった笑顔を保つ。
「サーチェス、言葉が過ぎます!彼女はしっかりやってくれている。
私の方がかえって迷惑をかけているくらいです。それとも、そんなに彼女が気になるんですか?」
「何をふざけたことを言っている。そんなはずないだろう?
……気分が悪い。私はこれで失礼する。あとは勝手にやればいい」
露骨に顔を不機嫌いっぱいに歪めながら、サーチェスは靴の音も高々にこの場から立ち去っていった。
リュークエルトに久々に会えたことで上昇していたせっかくの気分が下降気味になるのを忌々しく思いながらも
は気を取り直すかのように辺りに視線を巡らした。
先程までリュークエルトの傍にいた大勢の人達は、どうやらサーチェスの登場でそのほとんどがいなくなって
しまったらしい。
さすがに国事官吏官の中でも彼に対して苦手意識を持つ人が多いのだろう。
それでも一部の人は彼に関心がないのかそれとも平気なのか気にせず残っているようだ。
その中でもとりわけて背の高い男性の姿がリュークエルトの後ろに見て取れる。
人影にかくれてはっきりとは見えないが、鍛えた身体にすっきりと整えた黒髪が俊敏な印象を与えていた。
「あれ?」
どこか見覚えのあるような気がしてがそちらへと足を踏み出そうとした時、その男性の姿がの中に
飛び込んできたような気がした。
明るさと一筋の暗さの入り混じった灰色の瞳。
「あなた……」
を見つめる瞳はあの時と同じで、まっすぐこちらを貫くような輝きを放っていたのだった。
*
「?」
リュークエルトの訝しげな自分を呼ぶ声に我にかえると、はリュークエルトに問いただすべく言葉を紡ぎだした。
「リュークさま。後ろにいるその方は?私が初めてお城に来たときにお会いしたような気がするんですが
気のせいでしょうか」
「ああ、そう言えばあの時か。そうだな。いずれ君も彼と組む時がくるから紹介しておいたほうがいいな。
彼はヴァルアス・ヴォルフガング。俺と同じ第二国事官吏室の一員だ」
リュークエルトにしては珍しくその紹介は簡単で少しぶっきらぼうなものだった。
サーチェスや他の人達に見せていた感情豊な表情は消え失せて、一切の感情も見せまいとするほどに無表情で
静かなリュークエルトは一種の危うささえ伺わせるものだった。
いつもと違うリュークエルトの態度には首をかしげながらヴァルアスを見ると、彼は今はその瞳を物思いに曇らせ、
を通り越してどこか遠くを見ているかのようにみえた。
「ヴァルアス、それではまた。イグニス、行くぞ」
一言も発しないヴァルアスに焦れたのかリュークエルトはイグニスを誘うと一刻も早くこの場から立ち去るかのように
踵を返したのだった。
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