リュークエルト・ドラグーン編
第八話
勢いよく開いたドアの音にが顔を上げると、息を切らせたリュークエルトがドアに手をかけこちらを見据えていた。
肩は呼吸と一緒に苦しそうに上下している。しかしその苦しさはをみる視線の鋭さの少しの妨げにもなっていないようだった。
「」
普段のリュークエルトからは想像も出来ない切羽詰まった声が、他の何ものにも注意を向けられない程の響きを
漂わせていた。
顔は声とは裏腹に無表情で、そこから感情を読み取ることはできない。
リュークエルトは足早にへ近づいてくると手をとり自分の方にグイッと引き寄せた。
「リュ……リュークさまっ!!」
の慌てた声を物ともせずにリュークエルトはその広い胸に強く抱きしめる。
身じろぎも出来ないほどの強さと激しさで。
いきなりの予想もしない展開にの頭は真っ白になってしまい、リュークエルトの囁き声を
最初は聞き取ることができなかった。
「……よかった……」
「え?」
「君が無事で。俺の知らないうちに君がいなくなるなんてことは絶対にないと思っていた。
たとえ離れていても君は俺の手の届くところにいる。そのことを疑いもしなかった」
「リュークさま」
「イグニスのことは信頼しているし、俺の力のできるだけのことはしている。
だが、それだけでは完全ではないことを今回思い知った」
リュークエルトはイグニスから話を聞かされた時の感情が再びよみがえったのか、
をもう一度ギュッと抱きしめなおした。
「常に君の傍にいることは現状では難しいことはわかっている。
君を守りたい気持ちはこんなにあると言うのにそれがどうにもならないこともあるのが事実だ」
リュークエルトの押さえ込んでいた感情がが圧倒されるほど溢れて行くのがわかる。
「、俺はどうしたら君を守れる?」
立場が邪魔をして自分で守ることのできないジレンマがリュークエルトを悩み、苦しませている。
「リュークさま、大丈夫です」
は自分からリュークエルトの身体をそっと押し返すと、顔を上げて視線を合わせなおした。
「感謝しています。あなたの気持ちと配慮に。お忙しいのに私のことを考えてくれている。
ご自分にも必要なのにイグニスさんを私の傍に付けて頂いてそれで余計に仕事が大変になっているんでしょう?」
この家に仕える人から聞いた。リュークエルトにとってイグニスは仕事の上での片腕だけの存在ではない。
精神的にも離すことのできない支えであると。
「確かにイグニスがいるといないのでは仕事の能率は違うかもしれないがそれは俺次第で何とかなる。
それよりも君の傍にいることができない、君が無事かどうかを確かめられない方が辛い。
それにそれだけじゃない。イグニスが君を傍で守ることで君が彼に魅かれてしまうかと思うと苦しくなる。
すでにイグニスだって……だけど俺はそれを止めることはできないんだ」
リュークエルトはそこで言葉をきり視線をそらすと自分にしか聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「何もかも放りだして自分の心のままにできたらどんなにいいだろう。
そんな風に思ってしまう自分がいることが俺には許せない。気持ちの裏切りがあるかもしれないことが一番恐いんだ」
堪えきれない気持ちを無理に堪える辛さが身体の震えへと表れる。
それでもリュークエルトには想像できていたのかもしれない。
近いうちに起きるであろう自分の運命が。自分の心に決着を付けなければならない時がくるだろうと。
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