リュークエルト・ドラグーン編
第三話
「さて」
すっきりしない気持ちで扉を見つめていたを我に返らせるように、落ち着いた声が心地よく耳に入ってきた。
「気分はどう?身体は大丈夫かい?」
「ありがとうございます。身体は大丈夫です。少し気持ちは落ち着かないですけど」
の答えに部屋に残った青年は苦笑にも近い笑みを浮かべていた。
「彼にも悪気はないんだ。ただ、少しばかり硬すぎる嫌いはあるとは思うけどね」
まあ、彼なりに来ないを気にして心配していたかもしれないかも……それよりも目の前の彼の方が
気になって仕方がない。
「……はい」
そんな私をまっすぐ見つめ静かに微笑む姿にこちらの方が恥ずかしくて視線を逸らしたくなる。
だがその彼は手元に持っていた書類らしきものに目を移しに目を合わせると表情を引き締め話し出した。
「ごたごたしてすまなかった。まずは16歳の誕生日おめでとう。
君も知っての通り国の規定により今日から半年間、城での勤めをしてもらうこととなった。
国の機関にはたくさんの部署があるが君に勤務してもらうのはこの第二国事官吏室だ。
いろいろと大変だと思うがよろしく頼むよ。」
彼は一度そこで言葉を切ると少し緊張をといたように肩から力を抜いた。
「自己紹介が遅れてしまったね。俺はリュークエルト・ドラグーン。第二国事官吏室に所属する執政官だ。
君は最初の二ヶ月間、俺についての仕事を手伝ってもらうことになる」
「え?最初の二ヶ月間って半年間ずっとじゃないんですか?」
「残念ながら。俺としてはずっと一緒にやっていけたら嬉しいのだけど決まりだから仕方がないね」
「それじゃあ、後はどうなるんですか?……まさか、さっきの人と一緒に?!」
「相当誤解してしまったかな?彼は俺達の上司になる。
年は近いけれどここ第二官吏室の責任者であり城に勤める審査官でもあるんだ」
「あの人が?だってまだお若いですよね。国の機関の部署で若い人が責任者って他にもあるんですか?」
「普通はないだろうね。だがこの部署は特別であり彼はその中でもまた特別なんだ。
もちろん優秀なのは誰も認めていることだけれど」
「特別、ですか?」
「ああ。彼は唯一で絶対の者、俺達の審査者だ」
リュークエルト様は今までの優しい笑顔を曇らせて黙り込んでしまった。
「審査者って一体何の……」
青ざめたようにも見えるその表情にから言葉が途切れる。
何も知らなくても苦痛の念を感じさせるその表情に胸がキリキリと痛んでくる。
最近どこかで同じような感じを受けた気が……する?
そうだ。私が気を失う前に声をかけられた男の人から感じたんだ。
でもリュークエルト様ではなかったはず。
「……すまなかったね、。気にしないでくれ」
そう言いながらリュークエルトは今までの気持ちを振り払うかのように微笑む。
その微笑みと共に優しい金色の光がを包み込んだ。
これは、この光は。
「あなただったんですか!?私を抱きとめてくださったのは」
「間にあってよかったよ。ちょうど君を探していたら倒れるのが見えたからね。少し焦ったけれど」
リュークエルトの言葉にの心がほっこり温まったが同時に確かに光はあるのに同時に何か別の触れては
いけない心の一部があるように感じた。
今は光しか見えない。だがリュークエルトとサーシェス審査官、そして、あの時の気分を悪くした男の人からも
確かに同じもの、波乱を巻き起こす予感を。
認めたくはないがは自分が何かを引き寄せる体質のように思えてきてしまった。
そんなの少しも嬉しくないが。
初日から倒れた上に大遅刻、しかも上司とのいざこぞでお互いにに悪い印象を植え付けたのこれからは
いったいどうなるのだろうか。
*
「今日は大変だったなぁ」
一日を終え、夕方には宿に戻ってきていたは手を上に大きく伸ばしながらそのままベッドへと倒れこんだ。
明日からはリュークエルトについて仕事を始めることになる。
特別な部署のようだからきっとややこしい仕事を頼まれるだろうとは思っていたが、一人の人に付くだけではないとは
思わなかった。しかも責任者は難しそうな人だし他にどんな人に付くか分からないし先行き不安だらけだ。
でも、唯一の救いはリュークエルトが優しいことだろう。
あの優しい眼差しと微笑みをみると波立っていた自分の心が少しずつ治まっていったような気がする。
穏やかで優しい金色の光を感じたけれどあれはまるでこの広い空に浮かぶ月の光のよう。
は立ち上がると窓を開け、外を見上げた。
気高く神秘的でそして同時にどこか惑わしと危うげなところもあって
孤高の存在でありながら孤独な存在であるもの。
自然と目がいって惹かれてしまいそうな不思議な魅力に自分がいつの間にか囚われしまう予感がする。
無事に月の姿が変わっていくのをリュークエルトと一緒に見届けることができればとは切に願った。
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