リュークエルト・ドラグーン編
               第十八話



もうダメだっ!

自分に襲い掛かってくる痛みを覚悟しては目をつぶったが、痛みの変わりに大きな衝撃音が
振動とともに響く。

「おまえは……」

男の苦しげな声にが恐る恐る目を開けると、辺りに立ち込めた粉塵の中からゆらりと影が立ち上がった。

「リュークさま?」

音が止み粉塵が徐々に晴れ、その影が姿を現してくる。銀朱の月に照らされるその姿はまるで幻想の世界のようだった。
金色に輝く瞳と長く乱れながら伸びた金色の髪、手には長い爪が伸び、破れた衣服から覗くのは赤金に輝くうろこの列。
現実だとわかっても頭はなかなか理解できない。
だがやがて姿を変える時に起こっているのか骨がボキボキときしむような音が聞こえてくる。
動けず呆然と見ているだけのの目の前でその姿は完全に変わって行った。
ドラゴンと呼ぶべき伝説の姿は怒りのせいか全身がうろこと同じ赤金に輝き、口からは炎が吐き出されていた。

「ファイアー・ドラゴン……」

昔、母が生きている時に聞いた記憶が蘇える。
強く気高く、そして本当は優しい聖なる生き物。人が何かをしなければ襲うことなど決してしないが
一端我を失うと破壊を尽くし、辺りには何も残らない。

そして今は正気を失っている時。
人としての意識もないだけでなく憎しみというの心を抱いたまま破壊を尽くせば、再び我をなくして
人を襲うことになってしまうだろう。
そんなことになったらきっと対象となる男がいなくなっても心は元に戻らず再び人としての姿を取り戻すことは
ないに違いない。

「いけないっ!」

そんな苦しみを背負うのは悲しすぎる。リュークエルトを止めなければ自分も一生後悔するだろう。
恐い気持ちを振り切って近づこうとしたを後ろから伸びた手が引き止めた。

「イグニスさん!」

「いけません!このままいったらあなたは殺されてしまいます。
 彼は正気じゃない、私の力も持っていった。あなたが行っても傷を負うだけで止めることはできません!」

「それでも何もせずに終わりたくはない、過去を振り返って泣くことだけはしたくないんです!
 ありがとうございます。でも、ごめんなさい!」

止めようとしたイグニスの手を振り切り、は必死にリュークエルトの元へと走った。

「リュークさま!」

名前を呼びながらドラゴンへと抱きつく。
今まさに男はドラゴンの炎で包まれようとしていたがが抱きついたせいか炎が横へと逸れる。
正気を失っているリュークエルトはに邪魔をされたことに怒り必死に振り払おうとしだしたが、
振り落とされまいと必死で耐えながらもはドラゴンへと叫んだ。

「リュークさまっ!思い出してください、自分を、私に優しくしてくれたリュークさま自身を!
 あなたは私を大切にしてくれた。あなたも私を求めてくれた!思い出して!あなたは一人じゃない!」

硬いうろこをつかんで流れた血がの流した涙と溶け合ってドラゴンの体を伝ってゆく。

「…………!!」

染み込んだ血がまるで毒のように苦しめているのか、くぐもった声でドラゴンが叫び出す。
その苦しみ方はすさまじく、は振り落とされそうになりあわててドラゴンから手を離した。
の心臓の鼓動は治まらない。どうしていいかわからず手を出せないまま佇んでいたが、
見ている前でその苦しみがしばらく続いた後、目の前の姿が段々と小さく人間の姿へと戻っていった。
ヨロヨロと立ち上がったイグニスがリュークエルトに近づくと、自分の上着をリュークエルトへと着せ掛け、
そのまま男の背後に回ると恐怖のあまり硬直していた男を逃げないよう後ろ手に拘束した。

「叔父上……」

苦しさも抜け切れず痛みも全身を回っているだろう。だがリュークエルトは荒い息を吐きながら立ち上がり
よろめきながらもゆっくり男に近づくと審判者のごとく毅然と男に言葉を告げた。

「あなたの計画は失敗に終わった。あなたは私が運命を選び損ねるように願っていたようだが私はその手を
 振り払うことができた。闇に支配されることなく破壊に心を委ねずに。
 銀朱月の夜の審判を乗り切ることができた今、もう姿が変わることもないだろう。
 現実が暴れることももうない。全ては、君のおかげだ」

言葉を切るとを振り向き薄く微笑む。

「あなたは殺さない、の願いによって。そして私が憎しみに縛られることがない為にも。
 それに立場が違えば私があなたになっていたのかもしれないのだから。
 私はあなたを戒めとして心に留めておこう。
 だがあなたにはドラグーン家を出て頂こう。当主の権限としてあなたを国外追放とする」

そう言い放つと無言のまま動けない男を残して、リュークエルトはの肩を抱き促すと
イグニスと共に部屋を後にしたのだった。



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