リュークエルト・ドラグーン編
第十九話
「それでは無事解決したのだな」
「ご心配をおかけしました」
城に勤務する官吏達の部屋の一室。
第二国事官吏室ではサーシェスとリュークエルトの二人が今日の陽気のごとく、
彼ら二人にしてはなごやかな展開で会話をしていた。
リュークエルトは当然としてもサーシェスにとっても厄介ごとを片付けずにすんだことでいたって
機嫌がいいらしい。彼には珍しく笑顔など浮かべて、きっちりと立っていた姿勢を机にもたれかけている。
「もう全ては終わったのだと思います。自分でも抑え切れなかった闇の世界への欲求が今はありません。
銀朱の月は空にありますが穏やかな気持ちでいられますから」
そう話すとリュークエルトはサーシェスに向かって微笑んだ。
「そうでないと困る。私も余分な労力は使いたくない。
それに一応私のかわいい部下だからな。自分の手で下すのはあまりいい気分ではない」
「そうは思っていないくせに。あなたは必要とあらば平気で不要なものは切り捨てますよ。
そうでなければ監視者などやっていられない」
ぶっそうな内容をリュークエルトはクスクスと笑いながらサーシェスに向かって吐き出す。
「まあ、どう思おうと勝手だが、それより申請したこと本気なのか?
おまえの負担になるだけのような気もするが、それでいいのならこちらはかまわない」
「では、了承いただけるのですね」
「好きにするがいい。これから戻るんだろう?」
「はい。心配しなくても何かあったらすぐ連絡します」
「面倒なことだけはしてくれるな。それさえなければ私には関係ない」
「相変わらず感情を出すのが苦手のようですね。
私ならそれでも構いませんがいつもその調子では誤解されますよ。
それでは失礼します」
どう言う意味だと後ろで呟くサーシェスに笑いながら部屋を退出するリュークエルトは
サーシェスが思わず反論を引っ込めてしまうほど無邪気で楽しげな笑顔を浮かべていた。
*
「ただいま」
「おかえりなさい、リュークさま」
は城から戻ってきたリュークエルトを出迎え、お茶をいれるべく準備にかかった。
「」
リュークエルトは上着を脱いでソファへと腰掛けるとにも自分の前に腰を下ろすよう誘った。
「でも」
「後でいいから」
お茶の支度をしているを無理矢理、自分の前の椅子まで引っ張ってくる。
少し遠慮がちに座ったを見るとリュークエルトは一呼吸置いた後、改まった表情で話し出した。
「先日はすまなかった。恐い思いをさせたばかりか危険な目にあわせてしまって」
「リュークさまが謝られることはありません。怪我などしてませんしそれに何よりあなたが無事でした」
まっすぐ見つめてくるリュークエルトに恥らいながら、は自分の心の内を明かす。
少し驚いたがリュークエルト自身に変わりはない。
それにの目の前にいてくれることが一番嬉しく大切なことだった。
リュークエルトは感慨深げにの言葉を聞きいっていたがやがて安心したように微笑むと再び話を続けた。
「、君に話がある。聞いてくれるか」
なんだろうと首を少し傾けながらはリュークエルトを見つめる。
心当たりはなかったが真剣な表情に気を引き締めた。
「もうすぐ城との契約の二ヶ月が終わる。そうすれば君は俺の前から去らなければならない」
そうだった。いろんなことがあって忘れていたが、もうすぐ勤めの期間が終わる。
リュークエルトと仕事をする為にいたこの場所から出て行かなくてはならない。
この楽しかった、優しかった生活から出て行かなければならないのだ。
自分の中に灯った炎が消えてしまったように急激に心が冷えていく。
思いもつかなかったことを言い渡されたようにあまりにも衝撃的なことだった。
「、今から俺が話すことを真剣に考えて欲しい。君の本当の気持ちで答えを聞かせて欲しいんだ」
リュークエルトのまっすぐな瞳がの瞳を覗き込む。
「期限は終わる。だが君さえ良ければ……ずっとここにいて欲しい。
君の怖い思いをさせた俺がこんなことを言うのは本当なら筋違いなのかもしれない。
でも君がいない事などもう考えられないんだ」
そこでいったん言葉を切るとリュークエルトはへとそっと手を伸ばす。
「ドラグーン家の家長としていつも毅然とし責任を全うしなければならなかった。
孤独を感じても、寂しくても誰にも言えない日々。心が挫けそうになった時もあった。
でも、君が来てからは灰色だった世界がどんどん変わっていったんだ。
君がいなくなればまたその世界に逆戻りして抜け出せない、一人迷路に迷い込んでしまう。
そんなことはもうたくさんだ」
伸ばされた手が恐れるように小さく震えた。
「君と一緒にいたい。俺の心を君の笑顔で灯したい。
そして俺に君を守らせて欲しい。俺の持てる力全てで」
「リュークさま」
力強いはずなのに今の答えを待ち震える手をそっと取った。
涙で霞んでリュークエルトの顔がぼやけてくる。
自分が欲しかった言葉と気持ちをリュークエルトは全部言ってくれた。
「いいんですか?本当に私で?」
嬉しくて流れる涙を拭いながらリュークエルトへ問いかけた。
「、それはここにいてくれるって言うのか?」
「はい。私もリュークさまの傍にいたい!」
「……ありがとう。これからは俺が君を何からも守る。君が傍にいてくれる限りずっと!」
そのまま手を引かれ自然と立ちあがった体を思い切り強く抱きしめられた。息もできないほど激しく。
その暖かさに包まれながらは湧き上がってきた幸せを噛み締めた。
自分の居場所はここにある。求められる限りずっとここにいよう、と。
back 月と焔の物語top