リュークエルト・ドラグーン編
               第十七話



苦しい息遣いの音だけが静かな廊下に響いている。だが今のにとっては自分の息遣いでさえも耳に入る
余地はない。先程自分が体験した出来事が夢のように思えて信じられなかった。

夢だったらよかった。
リュークエルトに首を絞められるなど考えられるはずもない。しかも正気でないリュークエルトを見ることになるなんて。
獣のような叫び声と金色に光った瞳、それに手の先は何もかもを引き裂くような鋭く長い爪が伸びていた。

あれは本気だった。へと伸ばした手の力には疑いもなかった。
あの時イグニスが止めてくれなければ確実には殺されていただろう。
だがそのイグニスの様子もどこか普通ではなかった。イグニスの体から出た銀朱の月と似た光がリュークエルトへと
注いでいてその光が多少リュークエルトの動きを止めたように見えた。

リュークエルトの変貌とイグニスからの光、そして銀朱の月。
ふと夢に見たことを思い出した。

条件が揃い時が満ちる。運命の時がくる、と。



                           *

信じられないことの連続では疲れ切っていた。
問題を後回しにすることは良くないと思うが今はただ眠りたかった。
考えることを放棄し疲れた心を引きずりながら自分の部屋の扉を開けベッドへと歩み寄ろうとした時、
背後から人の気配がした。は無意識に横に逸れると今までいた場所に一筋の光とともに腕が振り下ろされた。

「きゃああっ!」

叫び声をあげたに驚いたのか、一度はひるんだように見えたその人物もが逃げようと必死になっているのを
見て取ると再び腕に持ったナイフで襲い掛かってきた。

「やめてっ!」

あちこちにぶつかりながら逃げ続けるを追ってナイフが軌跡を描く。
振り下ろされるナイフが月明かりに反射してその人物の顔が照らし出す。

「あ、あなたっ!」

以前見た時以上に醜悪な顔をした、リュークエルトの叔父と名乗る人物がの目に映ったのだった。



                            *

「どうして……」

自分が何故こんな目にあうのかわからないは逃げながらも疑問を口に出す。

「おまえは不安要素だからだ」

不安、要素?

「ドラグーン家では二十歳になる前の銀朱月を無事に乗り越えれば正式な当主になれる。
 もちろん血筋は本家筋でなければならない。そしてその時期を乗り越えることができなければ当主の資格は
 剥奪されるのだ。おまえも見ただろう?あの醜い姿を?」

「あ……」

「銀朱月は我ら一族に力を与える。それは絶対なる力であると同時に破壊と破滅の呪われたものだ。
 時来る時までに力を抑えられないようであれば、当主剥奪どころか正気を失い一生を別の姿で生きて
 行かなくてはならない。人間としての生、記憶は消え、いずれ殺される運命を受け入れるしかならなくなる。
 汚らわしいドラゴンの姿となって孤独のままでな」

「あれは身間違いじゃなかったんだ」

現実を受け入れがたかった意識が沈ませた姿が男の言葉で脳裏に呼び覚まされる。
伝説の幻想の生き物の姿を。

「あんな姿を見間違うはずもないだろう?ましてや正気を失ったあの姿ではおまえのこともわかるまい」

「そ、そんな、じゃあリュークさまは」

「今まさに最後の時。その力が発現した時に人を殺めたようにもはや殺戮と破壊のみに生きるしかないだろう。
 あの時は何とか正気を戻したようだが今度はそうはいくまい」

「イグニスさんのご両親……」

「イグニスといったか?そうだ。あいつは必死でリュークエルトに正気を取り戻させた」

事実を受け入れがたかったはずなのに自分の身を呈してでも止めようとしたイグニスの想いに胸が痛くなる。
代えがたいものをいくつも失わなくてはならなかったなんてどれ程辛く苦しかっただろう。

「……話がすぎた。おまえの存在はリュークエルトの心を乱す。
 今、あいつが正気を取り戻してしまったら私が当主につけなくなってしまうからな。運が悪いと思って消えてもらおう」

その言葉とともにを壁際へと追い詰めた男は心臓を狙ってナイフを繰り出した。



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