リュークエルト・ドラグーン編
               第十四話



それは深い夜を思わせる言葉だった。
どこまでも続く暗き夜。木漏れ日の差す明るい陽の光にはとても不似合いな言葉。
はその言葉を聞いた衝撃から、無意識に身体を震わせていた。

今、なんて言ったの?リュークさまがイグニスさんの両親を……?

震えるを静かに見つめると、イグニスは再び話し出す。

「あれは事故ともいえるかもしれません。でも……」

「でも?」

はイグニスに消え入りそうな声で問いかけた。

「あれは起こるべくして起こった。故意ではない。それはわかっている。
 しかし、いくら起こるべきことだったとしても、止めることができなかった訳ではない。
 結果、リュークエルトの手によって私の両親が死んだのは代えがたい事実なんです」

仕方がないと素直に受け入れることはできなかった。
自分の目の前で起こったからこそ、余計に現実として刻まれてしまった。
いつも共にあるのだと心に決めていたからこそ余計にまるで裏切りを受けたような気持ちになった。

だから私は心の奥に残る恨みの気持ちを消し去ることができないんです、とイグニスは再び
へと告げたのだった。



                        *                    

はイグニスと別れ、自分に与えられた執務室へと向かっていた。
まだ仕事は山積みになっているのにとても仕事どころではなかった。
足は前へと進んでいるのに心は奥底で固まってしまって、当分そこから抜け出すことが
できそうにない。イグニスはを気遣ってか、あれから詳しい話をしなかった。

「今はあなたにこれ以上話せません。聞いて下さってありがとうございました。
 ですがかえってあなたの気持ちを惑わせるようなことをしてしまったようです。
 本当なら全てをお話しするべきなんでしょうね。ですが今全てを話すにはあなたにも私にも重過ぎるでしょう。
 それに、近いうちにあなたも聞くことになる……そんな気がします」

そんなことにならなければいい。
イグニスの呟きがの心にまるで波紋のようにいつまでも残っている。

「私はずるいんでしょうね。あなたを悩ませ同情させてリュークエルトから遠ざけようとしている。
 あなたの気持ちを揺らすために全てを話さないと言ったら信じますか?
 リュークエルトをいつまでも許すことができないのかもしれないこの気持ちを他の誰でもなく
 あなたに聞いて欲しかった。無意識だったとしてもあなたを利用しようとした気持ちもあったかもしれない。
 あなたにお話ししたのは自分でもわからない気持ちを吐き出して整理したかったんだと思います」

でも、私がリュークエルトさまを大切に思う気持ち、そして変わらずこのままの関係が続けばいいと
思う気持ち。これも真実なんです。

に今の気持ちを告げたイグニスは泣き笑いのような表情を浮かべると静かに頭を下げた。



                            *


!」

城から戻ってきたリュークエルトが執務室の前からを呼んだ。
いつもと変わらない優しい笑顔。
あの夜のリュークエルトは本人だったのかと疑うくらい、いつも見せる笑顔と変わらない。
は挫けそうになる気持ちを叱咤しながら、止めていた足をリュークエルトへと踏み出した。
二人の間にあったことが事実だとしても、過去に築いてきた絆を完全に消し去ることはできない。
それが良いことであっても悪いことであっても二人の絆は確かにある。

これからもし何かが起ころうとしていても逃げることだけはしたくなかった。
逃げてしまえばこれまでの自分さえ否定することにもなってしまいそうだから。
何かできるのかなんてわからないしできるとも言えないが傍に入れば少しは役に立つかもしれない。
でも理由なんてなくても居場所のなかった私を笑顔と優しさで迎えてくれたリュークエルトの傍にいたかった。

心から温かくなるその笑顔を曇らせたくない。
そのためにも強くなってみせる。
全てから守りたい。闇に負けたりなんかしない……必ず!



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