リュークエルト・ドラグーン編
第十三話
「あなたにはどう見えるかわかりませんが私はリュークエルトさまを恨んでいます」
淡々と響くその言葉とは裏腹なそして予想もしなかった内容はびっくりして隣に座るイグニスを勢い見た。
だが、うつむき加減のその横顔は風に吹かれてまとわりついた髪が大部分を覆いかぶせてしまっていて
どんな表情をしているのか見ることができなかった。
いつも穏やかなイグニスからは想像もつかないことだった。
争うような場面を見たことはないしリュークエルト本人もイグニスを他の人物とは別に扱っている。
イグニスのリュークエルトへの接し方は度が過ぎるくらいの控えめな態度で、とても恨んでいるなど
とは思えない。一歩引いたその姿勢をリュークエルトも受け入れ、そして感謝の気持ちを持って接している。
不仲どころか彼らは硬く強い絆で結ばれていると感じていた。
それなのにどうしてこのようなことを言うのだろう?
「私にはお互いが尊重しあい心を許しあっているとしか思えません。それにあなた方は友人でしょう?」
短い期間といえどは二人を見てきた。仕事の時だけでなく、ドラグーン家で二人一緒にいる時も。
お互いに認め合っているからこそ、それぞれの役目を安心して果たすことができているのだろう。
信頼できるからこそリュークエルトも心から笑うことができているはずなのに。
「あなたの言う通りなのでしょうね」
ゆっくりと顔を上げを見たイグニスは何かに押しつぶされそうな苦痛にも似た表情を浮かべていた。
膝の上で組まれた両手はその苦痛に耐えているのか小刻みに震えている。
「私も彼のことは大切です。お互い生まれた時から一緒に育った乳兄弟ですし、かけがえのない友人だと
思っています。それに主としても申し分ない」
「だったら余計に恨みなんて言葉が出てくることは」
「さん、そう簡単にはいかないのですよ。人の心はね。悲しいことだとは思いますけど」
自分でわかっていながらもどうすることもできないもどかしさ。
そしてその気持ちを捨て去るには自分の何かを捨て去ることを覚悟しなくてはならないと。
そうするにはあまりにも時間が経ちすぎたのだとイグニスは寂しげに小さく微笑みを浮かべたのだった。
*
「少し昔話になりますが聞いてくださいますか?」
風に髪が流れるのを任せたままイグニスはを見ることなく訥々と語りだした。
「あなたが言うように私たちは非常に良い関係を築いていました。
私達の関係だけでなく、ドラグーン家の全てがうまくいっていた。仕事も人間関係も、一族の問題さえ
何もなかった。そしてそれはこのままずっと続いていくものだと思って疑わなかったんです」
どこか遠くを見た眼。イグニスは見ることのできない何かをその瞳に映しているようだった。
周りを拒絶した雰囲気には何も言えずにイグニスを黙って見つめた。
「しかし、それは夢でしかなかったのでしょうね」
どこか全てをあきらめきったイグニスを見るのが辛くては思わず口を挟む。
「でもっ、その頃はそのまま続くと思っていたのでしょう?それに選択は一つじゃない。
過ぎたことを変えることはできないけれど、これから違う選択をすることはできるんじゃないですか?」
二人なら大丈夫だと、彼らの関係は壊れかけても壊れることはないと伝えたかった。
それなのに。
「そうできたらいいでしょうね」
目にうっすら涙を浮かべながら、薄く笑うイグニスの表情に寒気を感じる。
そんなに気付かずイグニスはゆっくりと視線を戻した。
「過ぎたことは変えられないんですよ、残念ながら」
目に浮かんだ涙を拭いながらへと向けた視線は強く真剣だった。
「いくら私でもどうしても捨てきれない、譲れない線はあるんです。
リュークエルト様が……いいえ、リュークエルトが私の両親を殺したんですから」
違う選択ができたとしても過去を忘れることも、許すこともできなかった。
そう事実を述べ、に微笑むイグニスの顔には淡々とした表情しか浮かんでいなかった。
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