リュークエルト・ドラグーン編
               第十二話



「少し私につきあってくれませんか」

淡黄月も半ばを過ぎたある日、仕事をしていたのきりがついたのを見計らってイグニスが声をかけてきた。

「え?でもリュークさまがもうすぐ帰ってくるのにここにいないといけないのでは?」

「大丈夫。外出をしようというのではありませんから。閉じこもりきりも良くないですからね。さあ、行きましょう」

イグニスはのためらいを物ともせず、彼には珍しく半ば強引気味に庭へと誘ったのだった。

「天気がいいですね。今は少し寂しいですがもうしばらくすると庭一面に花が咲き乱れますよ」

の顔を覗き込み笑顔をみせると石畳の道をゆっくりと歩き出す。
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、は息を大きく吐いた。
ここ最近の緊張感がゆっくりほぐれていくのを感じる。
知らない間にこんなにも疲れていたのかと思うと連れ出してくれたイグニスに感謝せねばならないだろう。

でもそれだけではない。
リュークエルトに対して自然と沸いてくる恐れが常に自分の中にあり自分でもどうしていいかわからなくなってしまった。
あのパーティー会場の一件があってからは彼に対して一歩引くようになったことを表に出しているつもりはなかったが
気がつかない間に態度のぎこちなさが出ていたのだろう。
リュークエルトと自分に接しているイグニスならそれを察することもできる。
それでこうして自分を気分転換へと誘ってくれたのかもしれない。
所々に咲いている花を愛でながら前を歩いて行くイグニスに感謝の気持ちを込めは話しかけた。

「イグニスさん、ありがとうございます。気を使ってしまいましたね」

さん?何がですか?」

「何をって、私の気持ちを察して連れ出してくれたんでしょう?
 ……リュークさまに対しての私の態度がおかしいと気付いて……」

そうと疑わないの言葉と表情にイグニスは皮肉げに笑って答えた。

「あなたはそう思うのですか?だとしたらとんだ買い被りです。
 単にに自分が気分転換をしたかったからあなたを連れ出しただけかもしれませんよ」

どこか苛立ちさえ感じられる表情は、普段心の奥に秘めた感情を出し切ろうとしているのか、
ありのままの姿をだしているかのようにも思えた。
だが言葉とは裏腹に自分のことを思ってくれているイグニスを何かが苦しめていると、には感じられて仕方なかった。

「でもあなたは苦しんでいませんか?言えない何かを心に溜めて吐き出せずにいる。
 このままで大丈夫なんてそんなことないです。頼りにならないかもしれませんがお願いです。
 何かあるなら私に話してみませんか?話すだけでも楽になると思います」

わかってもらいたい。そんな一心ではイグニスに頼み込むように話した。
熱のこもった必死の視線は逸らしがたいものがあったのかもしれない。
そんなをしばらく凝視していたイグニスはクッと笑うと落ちてきた前髪をかき上げながら表情を緩めた。

「あなたにはかないませんね。あなたはどんどん変わって行く。
 離れていたらどこかに連れて行かれてしまうかもしれないですよ?
 あなたのその魅力は接するものを引きつけてやまないでしょう」

「変わっているのかどうか私にはわかりません。でも私は強くなんかありません。
 それどころかどんどん弱くなっていっています。以前の私とは比べ物にならないくらいに。
 頼り切って甘えきってそれなのにそこから抜け出すことができなくてもがいているんです」

イグニスは情けない顔をしているであろうから視線を逸らさなかった。
それどころかそのままゆっくりに近づくとまるで風が優しく包むようにそっと腕の中に抱きしめた。

「あなたは自分の魅力に気がついていません。あなたがくれるものがどれだけ人の心に響いているのか。
 あなたがどれだけ周りに影響を与えているのか。ある意味無自覚も罪と言えるかもしれませんけど」

イグニスはそこで一端言葉を切ると決意をこめた目でを見つめ直した。

「私の方があなたを頼っています。あなたに聞いて欲しいと思っているのですから。
 あなたなら私を受け止めて許してくれる。いつの間にか期待が確信に変わっていました。
 そんな自分に不信感を抱きながらも私はその気持ちを止めることができないでしょう」

「イグニスさん」

「ありがとうございます。私も事実から目を逸らすことは止めにします。
 これで事態が変わるとは思わないですが、あなたも知っておくべきことでしょうから」

一体何なのだろう?こんなにもイグニスさんが躊躇することとは。

「あまり聞いていて楽しい話ではありません。それでもいいのですか?」

「イグニスさん。私は弱いですが受け止めることはできると思っています。
 それに話を聞くのは案外上手いんですよ?」

「ありがとうございます。こんなにもったいぶっていてはあなたにも失礼ですね」

少し緊張が解けてきたのか、強張っていた表情が柔らかくなり、優しく腕からを解き放つと
木陰に腰を下ろした。

「私の隣に座って下さい。長くなりますから」

イグニスは決心が鈍らないうちにとでも言うように間をおくことなくへと話し始めたのだった。



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