リュークエルト・ドラグーン編
               第十一話



「ま、待ってください」

人気のない廊下へと出たは部屋に残っているヴァルアスに心を残しながらも必死に
リュークエルトの後を追った。
かたくなにも見えるその姿は何者も拒むかのような近寄りがたい雰囲気をかもし出している。

「イグニスさん。あの、リュークさまはいったい」

リュークエルトの変化の原因がわからずにイグニスに尋ねようとしたは、突然自分の目の前に出された
静止の腕に足を止めることとなった。

「私の後ろに……声は出さないように」

緊迫した声がの疑問の声を打ち消す。
前方を見たイグニスが、いつでも飛び出せるような体勢を保ちながらもを全身でかばっている。

「叔父上」

リュークエルトの呟きは遠くから聞こえる喧騒に消されることなく響きわたった。



                              *

「リュークエルト。もう帰るのか」

リュークエルトが叔父と呼んだ男性が、まるで詰問するかのようにきつい口調で問いかける。
リュークエルトに対する態度は甥に話しかけると言うよりは、余分なことを一切交えない、
敵意さえ感じられものだった。

「ええ。もう最低限の勤めは果たしましたからね。これ以上ここにいることもありませんから」

男性の視線を真っ向から受け止めたまま、リュークエルトはさっそうとした姿勢を崩さない。
本来なら年齢差からくるであろう威圧感をも跳ね除け、それ以上のものを見せ付けているようにも見えた。

「ドラグーン家の当主として外交も必要なことではないのか?
 最低限などと言っているようではせっかくの情報も逃してしまうと思うが。
 それとも、勝手に教えてくれる情報源でもあるとでも?
 たとえばおまえに寄ってくる奥方達とか?どうやらお年を召した方から好かれるようだしな」

そこまで言いかけた男の顔色が変わったと思うと、息を詰まらせたような声を出し、
言葉は最後まで発せられなくなってしまった。

「その口から発せられる言葉は本気のことなのでしょうか?それに前にも言ったはず。
 私のやることに口を出すな、と。それともお忘れになったとでも?
 ドラグーン家の当主は私だ。あなたに余計なことを言われる筋合いはないっ!」

強い口調で言い放ったリュークエルトの瞳がには一瞬、金色に光って見えた。
どこか狂気さえ混じっているような、心がざわつき、身震いさえするその眼光。
いつものリュークエルトとは違う、絶対者が服従させるかのごとく、上からねめつける圧倒的な視線。

「!」

その迫力に押された男はギリッと悔しげに口をかむと、黙って立ち去ろうと数歩歩き出した。
が、やがて思い直したように足を止め、リュークエルトに向き直った。

「……おまえが強がりを言えるのもあと少しだ。おまえはもうすぐ渦に巻き込まれることになる。
 避けることのできない渦に。おまえ自身もわかっているはずだ。そうなってから助けを求めてももう遅い。
 私を邪険にしたことを後悔するがいい。苦しみを味わいながらなっ!」

捨てゼリフ的でありながらも、どこか無視のできない言葉には意味もなく不安と恐怖感のようなものが
こみあげてきた気がした。
守られていることに対しての不安と、これから起こるかもしれない出来事に対しての予兆の前兆とでも言ったらいいのだろうか。
嵐が起こる。そんな予感を確信にもかえた瞬間であった。



                                   *

男が立ち去っても前を見据えたまま動かないリュークエルトには声をかけられないでいた。
いつの間にかイグニスが自分の横に立ち心配そうに自分とリュークエルトを見ているのにも気がつかずに、
ただ、リュークエルトだけを見つめていた。
どこか張り詰めた空気が漂い自分さえも飲み込まれてしまいそうなその感覚は夢で見た闇に似て
知らないうちに逃げ場を失ってしまう、そんな危機感さえ感じられる。
リュークエルトがその闇と同じに思えるのはあまりにも深い憎しみと悲しみが付きまとっているからなのだろうか。
理由がわかるわけはないのににはリュークエルトの感情が全身に感じ取れたような気がした。
窓からさす月の光がまるで闇を包み込むかのごとくリュークエルトへと振り注ぐ。
その月の光に誘われたのか、リュークエルトがの方へと向き直った。

「!」

思わず息を飲んだの足が無意識に一歩後ろへ引く。
明るいはずなのに闇よりも深く見える月の光を浴び、リュークエルトの全身が金色へと光り輝いていた。
どこか禍々しささえ感じるその光に魅入られたようには目を離すことができない。
それが決して善ではないとわかっていても。



月が変わる無垢なる月が  周りをとりこみ染まり、移る
運命と時と心  相反しそして混じる
ひとつの答えへと導くために



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