ルティ・フェニキア編
          第七話



「きれいな月だなぁ」

真っ黒な夜空に浮かぶ淡い黄色の光を放つ月。淡黄月の光が道を歩くにも降り注いでいる。

「っと、いけない。急がないと」

思ったより時間がかかってしまった。日が暮れるのが早いとはいえ、もう勤務時間はとっくに過ぎてしまっている。
城内は昼のような慌しさや騒がしさは消え静まり返っていた。

「ルティ。まだいるよね」

も意外に思ったことなのだが、ルティはあれで結構仕事人間だ。
作業にかかった時の集中力など目を瞠るものがあるし、自分の仕事に対しての責任感や
膨大な知識はすごいものだった。
だが、集中しすぎて周りが意識に入らないことは逆を返せば人を無視しているのかともとれるし、
他人を見下しているとも取られかねないだろう。現に自身も最初の内はそうとしか取れなかった。
まあ、あの口の利き方が誤解を招く最大の原因だとは思うが。
だがいつの間にかそんなルティに慣れてしまって完全とまでは行かないがそんなに気にならなくなった。

それでも完全にルティの中には踏み込めない領域がある。こちらが歩み寄ろうとしてもきっぱりと線を張って
防御してしまうのだ。
寂しさと孤独を秘めた心の内に入らせてもらえない。
美しさと気高さを持った、まるであの淡黄月のように光で誘いながらそっと拒んでしまう。

ルティ、本当のあなたはいったいどこにいるの?



                            *

!」

大きな音と共に開け放たれた扉も無視して、この部屋の主が入ってくる。
その表情は固く険しい。内心しまったと思いながらもは何気ない表情を装う。
戻ってきた時、ルティは部屋にいなかったから安心して事の次第に当たろうとしていたのに、
なんで待ち構えていたかのように戻ってくるんだろう。

「痛っ」

名前を呼んだまま何も言わずに近寄ってくると、ルティにいきなり右手を掴まれ思いきり引っ張られた。

「ルティ、なに」

「なんだこれは」

の言葉を遮るように憤った声が降りかかる。
普段は透き通るほど白い肌が怒りの為に紅潮してそんな場合ではないとわかっているのに思わず見とれてしまう。

「どこを見ている。僕の質問に答えろ!」

「あ……」

やはり気が付かれてしまった。
小さな変化にも敏感だからルティがいない間に片付けてしまいたかったのに。

「え?何のこと?」

「とぼけるなっ!その手の怪我はどうしたんだっ」

その言葉には肩よりほんの少し下に服をにじませている血をそっと覆い隠した。

「ああ、これ。帰り道でちょっと転んじゃったの。私としたことが失敗しちゃった」

早く帰らなきゃって慌てちゃって、とは軽く笑って見せた。
痛みはあるがそれよりこの場から早く立ち去りたい一心でルティから視線を逸らし、
机の上に置いてあった書類を手に取る。

「ルティ、これは」

だが、その言葉もルティの突然の行動で遮られた。

「なんで笑うんだ!」

痛いほどの力で右手が掴まれ、その勢いのまま身体も引っ張られる。

「ルティ!」

「だから止めろと言ったんだ。刀傷だろうこれは。あいつの近くにいれば狙われると言っただろう。
 なんで僕の言うことを聞かないんだ。どうしてあいつから離れないっ」

怪我を負った右手は痛みでジンジンしているのにそれよりも強く抱きしめられた身体が苦しくて耐えれなかった。

怒ることは予想をしていた。
だがこんな風に自分が痛みを受けているように苦しそうにするなんて、心配されて抱きしめられるなんて
想像もしていなかった。

「ルティ」

、たまには僕の言うことを聞け。僕の傍にいろ……お願いだから」

の肩に顔を伏せたルティから小さな呟くような声が漏れ聞こえる。
普段強気なルティからは信じられないほどの弱々しい声。

「ルティ」

ルティはそのまま身じろぎをせず、の呼びかけにも答えないまま黙ってをただ強く抱きしめ続けていたのだった。



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