ルティ・フェニキア編
        第六話



「あ……」

「よお、。こんな所で会うなんて珍しいな」

たくさんの人が往来する市場のはずれ。
空に浮かぶ太陽が中心からほんの少し傾き始めた時間には偶然レイスと行き会った。
お互い仕事内容も場所も全然違うのにこんな所で会うなんて本当に珍しい。
どうやら仕事中には間違いなさそうだがどうにもおかしく見える。

「レイス、それはいったい……」

先程から市場を行き交う人達もレイスをジロジロと見ながら通り過ぎて行く。
人々の視線もの言葉が止まるのも無理はない。
服装こそ立派な官吏官使用なのだが、その両手には零れ落ちそうな程の
山ほどの荷物が抱えられていた。
いったい何事かと注目を浴びるのも仕方がなかった。

「いや、それがさ」

肩にかけた荷物の紐が重みでずり落ちてくるのを阻止するように懸命に身体を動かしながら
レイスは照れたように笑う。

「今日もいつも通りに仕事をこなしていたんだけど急にあの方の発作が出てさ。
 今すぐじゃないと死ぬとか喚かれたんで、こうして俺はここにいるって訳」

「発作?えっ、大丈夫なの?急いで帰らなきゃまずいんじゃないっ」

「ん?ああ、大丈夫大丈夫。発作って言っても病気じゃないんだから」

「病気じゃない?」

「それって前にレイスが言ってた……」

「そう。急に出てくるんだよね、あれ。
 いったん頭に浮かんだら最後、あれがやりたいだの、欲しいだの。
 欲求が満たされるまでは仕事も放棄するんだぜ」

本当あれには参る。
とか何とかブツブツ言う割にはレイスの顔はおもしろがっている。
なんだかんだ言いながら自分の上司を好きであろうレイスにの顔に笑みがこぼれた。

「なんだよ、その顔は。言いたいことがあったら言えよ」

「ん〜ん。別に」

レイスはふてくされたような顔でをチラッと見た。
レイスも素直じゃないよね。
少々いじっぱりで照れ屋の幼馴染にクルリと背を向けるとは軽く笑った。



                          *

「ただいま戻りました」

手に持った荷物を机に置きながらはルティの背に向かって声をかけた。
夢中になっているせいかどうかわからないがルティの口から返事はない。
手は滞ることなく調合を続けていて、はそんなルティに小さくため息をもらす。
相変わらずの態度にあきらめ、自分の作業をしようと準備を始めたが、ふと耳を掠めた声に
その手を止めた。

「遅かったな。誰かと会ってきたのか」

「ルティ?」

「誰かと会ったんだろう」

訪ねるようにではなく、断定した言い方にはふと疑問を覚えた。

レイスと会ったのは予想もしていなかった偶然で、遅くなったといってもいつもとそうたいして
時間的には変わりはない。だが、ルティの言い方は絶対に誰かと会ったと確信をした言い方だった。
不思議に思いながらルティを見ると、本人は薬を調合した手を止めていつの間にかこちらに向きなおっていた。
少し苛立ったように、自分の束ねた髪の先を掴んだり離したりしながらの瞳から視線を外さない。

「ルティ、どうしてわかったの?」

自分のどこにもおかしな所はない。
行く前と変わった所など、頼まれた物を買ってきたぐらいでそれ以外変わり映えはしないはず。
それなのに何故断定できるのだろうか。

「証拠があるからに決まっているだろう」

「証拠?」

一瞬奇妙な沈黙が訪れた。
ルティは余計なことは語りたくはないのだろうし、は証拠という言葉に対して沈黙してしまったのだ。
証拠などという言い方では、まるでがいけないことをしてそれを責められているみたいに聞こえる。

「ルティ!証拠だなんて変な言い方しないでよ。レイスとはたまたま会っただけ。
 それに向こうも忙しいみたいだったからすぐ別れたわ」

「ふ、ん。レイスね。確かおまえの幼馴染だな。勤務中に待ち合わせか」

「なに?あなた人の言うことを聞いていなかったの?言ったでしょう、偶然だって。
 レイスは自分の上司から頼まれた物を買いに来てただけよ」

「上司?確かロランゲス殿だったか。
 。そのおまえの幼馴染だとか言う奴とはむやみに会うのは止めろ。
 おまえも余計な火の粉を振りかぶりたくないのなら。
 それに他部署の人間に会うことも必要ない。わかったな」

「会うのを止めろ?どういうこと?あ、もちろん仕事中には会わないわ」

「そうじゃない。仕事中であろうとなかろうとそいつとは会うなと言っているんだ。
 聞けないというのなら上官命令だ。いいな、

冷たい、感情の浮かばないルティの顔からはその表情と同じく冷たい言葉が淡々と紡ぎだされる。
そのあまりにも冷たい態度に心が凍るような痛みを感じながらもの口からは逆に激しい言葉が
吐き出されていた。

「なによ、それ。上官命令?なんで私事までルティに命令されなくちゃいけないの。
 それに、火の粉をかぶる?何かレイスの上司に問題でもある訳?
 でもそんなことレイス自身には関係はないはずでしょう?
 どうしてレイスに近づいちゃいけないの。私にそうさせたくないっていうのなら理由を教えてよっ!」

「理由など話す必要はない。おまえがその男と会わなければすむ事だ」

「そんな……」

悔しい。

視線と視線が合っていながらルティの瞳はの言葉を、感情を目の当たりにしても揺るがない。
感情が少しも混ざらない、命令と言う言葉以上の冷徹な表情が悔しかった。

気持ちが少しは通じたと思った途端突き放され、こちらから勇気をだそうとしたら
命令という言葉で隔絶された。
楽しいと言ってくれた時間さえもが否定されたようで悔しくてたまらなかった。

だが、苦しくて立ち尽くすをその場に残したまま横を通り過ぎた影は
心からも締め出すかのように部屋の扉を閉じて出て行ったのだった。



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