ルティ・フェニキア編
第四話
パートナー。この言葉がいかに複雑で深い言葉であることか。
何か一つの物事を成す時に自分以外の人や物などと同じ時間を費やす。
その経験が自分の積み重ねとなりそして相手に対しての信頼を得ることとなるのは頭ではわかっていた。
今までの自分はパートナーという言葉にあこがれだとか幸せだとか、良いイメージしか思い浮かんで
いなかったことは否定できない。だけど、自分の身を持って体験するのとは全く意味合いが違ってくるとは
思ってもいなかった。
こんなにも苦しくて、せつなくて、我慢強くなければいけないなんて。
だからイメージが崩れたのは自分にも責任があるのはわかる。でも決してそれだけが原因だなんて言えないはずだ。
パートナーとなり得るからには相手にもその意志があることが前提であり、歩み寄り相手を尊重することが
当然のことだろう。しかも相手も自分を認めたからには絶対にそうすべきである。
それなのに!
「信じらんないっ!!」
良い所の出だから仕方がないというのではなく、単に個人の性格などの問題なのかもしれないが
今日も今日とて、の怒りが作業室をこだましたのであった。
*
「僕の言ったことを聞いていなかったのかっ!」
テーブルを叩きながらに向かって言葉が投げつけられる。
湯気を立てて置かれているカップの中身が叩かれたショックでチャプンとこぼれそうになった。
「僕は何度も言ったはずだぞ。それなのになんで言うことを聞かないんだっ」
はそんなルティを気にもせずに、うつむいたまま黙々と作業を続けている。
「!」
「だって」
「だって?」
「だって、この薬おいしくないんだもの」
親の敵みたいに深い緑色をしたコップの中身をはにらみつけた。
確かにこの薬は効くかもしれない。
でも半端じゃないまずさをそう簡単に克服できるものではない。
気を失って倒れた次の日からルティが飲めと持ってきたが一日ですっかり飲もうという気がなくなった。
それに体調はすこぶる快調でとても薬など必要がないはずだった。
それなのにルティはしばらく飲めと言う。
「僕自ら調合して作ったんだ。まさか飲めないなんて言わないだろうな」
湯気が立つそのカップからは鼻が歪みそうな独特の香りが漂ってくる。
それだけでも飲むことを躊躇っても仕方ないだろう。
本来なら私だって感謝の気持ちを素直に言っていたと思う。
それなのに僕の気持ちを無駄にするなとか、これを作るのにどれだけの時間がかかっただとか、
挙句の果てに役に立たない助手役を仕方なく受け入れてやったのに感謝の気持ちもないのか、だとか。
仕事にまで発展させて聞いているこっちが気分が悪くなるとしか考えられない言葉の羅列を
次々と言うのだ。
(せっかく好感度少し上がったのに!)
自らイメージダウンするような事をされたからには、反発心が芽生えてもやむを得ないではないか!
まあ、そればかりじゃなくて本当に強烈なまずさだからってのもあるけれど、そんな言い方をされては
堪忍袋の尾が切れても仕方がないだろう。
いつまでも耳元でクドクドと言い続けるルティの言葉を聞き流すしかないと意識を他へと追いやろうとしていたは
ふと部屋のある部分へと視線を引き寄せられてしまった。
「……!!聞いているのかっ」
「ルティ」
震えるの呟き声に何かを感じたのか、ルティの声がピタリと止まる。
「何だ?」
「ルティ、あれって」
の視線の先にあるのは一枚の小さな絵だった。
とても幸せそうに微笑みを浮かべる女性の絵。
見ているこちらまでもが引きずられてしまいそうな一点の曇りもない微笑み。
薬作りに関係するものばかりを集めた部屋の中で唯一異色な空間がそこにはあった。
「ルティ、あの人は誰?」
胸の一部がほんの少し痛くなったような気がしたが、その痛みに気付かない振りをしては問いかけた。
「には関係ない」
そっけない、あまりにも無情な言葉がその口から零れ落ちる。
「ルティッ!!」
関係ないと言われ、彼の中から一気に弾き出された。
パートナーになれと言われ、自分は自分なりに彼のことを知ろう、わかろうとし始めた自分に対しての
はっきりとした拒絶。
一瞬、頭の中がまっ白になった。
自分の中のどこかが壊れたような……そんな空白。
「おまえには関係ない。そんなことよりおまえは自分のことをもっと注意した方がいいんじゃないか」
自分の横をその姿と冷たい言葉が通り過ぎて行く。
「自分のことくらいもう少ししっかりさせろよ」
部屋の扉と共に自分の存在すらも閉じられた気がした。
一人残されたまま、自分の気持ちも中途半端に残されたままに。
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