ルティ・フェニキア編  
           第二話  



私はこの国のこの制度に以前から疑問を持っていた。
いくら国民の大多数が賛成意見だとしても、本人の意思も問わずに強制的に城への勤務をしなくちゃ
いけないなんて。その期間がたったの半年間という期間だとしてもだ。
時間の問題ではない。一番自由になる大切なこの時期に拘束をされるっていうのが問題だと思う。
大切な事があるのかどうかよりも拒否権も選択権もないことが変じゃない。

今回みたいに難しい事態に合いそうな予感がする時には特に。



                      *

彼は仕方ないと言った感じで部屋の前に立つと、扉に手をかけに入るよう促した。

「ここが作業場だ。何を突っ立っている。早く入れ」

いかにも面倒くさそうな口調で話しかけられたのにも気付かずに、は部屋の前で硬直してしまっていた。

「なに、これ……」

ようやくもれた呟きに、部屋の住人である当本人はわざわざ自分からあおっているのかと言うくらいに
スッパリその疑問に答えた。

「この現状が見えないか?ここがおまえの仕事場だ。僕の話を聞いてなかったのか?」

は下ろしていた両手の拳にギュッと力を入れ唇を噛み締めた。
胸の中を上がってきた感情のまま解き放つことは、相手をペースに乗せてしまうことになる。
冷静さを保つことがこの先一緒にやっていくための秘訣とも言えるだろう。

たとえ、それが自分の意志に添わないものだとしても、だ。

(我慢よ、我慢。このままずっと一緒にやっていくんだから私が堪えなくちゃ)

ゆっくりと落ち着けるように呼吸をしながら、呪文のごとく繰り返し頭の中で唱える。

「まあいいだろう」

いちいち気に障る言葉を口にする私の上司は、私が何に驚いたのかまったく検討がつかないらしい。
そんな彼の態度を自分の感情を抑えて懸命にかわしつつ、ルティへと疑問点を投げつけた。

「この状況は何かあったんですか?」

「何が?」

「だからこの部屋ですよ!作業場ってのはわかります。
 でも何かあったとしか思えないですよ!」

それはあまりにもひどかった。
彼専用にと与えられたこの部屋はいくらこういった作業を行なう場所とはいえ、通り道を確保するのも
難しいであろう程のちらかりようなのだ。
美少年の範疇に入るであろう目の前の少年からは想像も出来ないほどの荒れ様はこの部屋の訪問者の足を止まらせ、
帰る気にさせていることに当の本人は少しも気付いていない。それに先程からどうにも気になるものが目に入る。

「あれは?」

の指差す先にはあるものが当然のごとく、棚の上に鎮座している。

「ああっ、あれか!」

良くぞ聞いてくれたとばかりにルティの顔がほころんだ。
と会ってからは一度と見たことのない、清清しいまでの微笑だった。

(いつもああしていればいいのに)

余計なことは何も考えていない素直な顔。
いつもの難しそうな顔じゃなく、年相応の顔をしていれば魅力的に目に映るだろう。

「……ぉぃ……おいっ!聞いているのか!?」

どうやら自分でも気が付かずルティの表情に見とれていたらしい。
ハッと我に返った自分にそんなことはないとブンブンと首をふると、はルティの言葉を待った。

「それでは先が思いやられる。
 いいか!これはものすごく貴重なもので特に内臓系の病気に効く万能薬なんだ!」

「それが?」

「ああ、かわいいだろう!」

「や、やめてっ!いいっ。わかったからこっちに近づけないでっ」

ルティはさっそくの嫌がらせ攻撃かとばかりにその物体を大事そうにの前に突き出した。
彼のかわいいの基準がわからない。あれのどこがいったいかわいいのか!
あんなひしゃげて、カラカラに乾いてて、でも妙にこうぬべ〜っとしてて、しかも頭ほどもある
巨大なかえるの乾物。

それをああも嬉しそうに愛おしそうに。
そんなものどうわかれって言うの!

「この素晴らしいまでの価値と姿のかわいさがわからないとは、まったくもって理解不能だ」

がルティ対して思っていたことを彼も思っていたことには怒ることも忘れてただ一気に脱力感に
襲われたのだった。



                              *

「うぉっ。いったいなんだ!」

を訪ねてきたレイスの第一声は驚きのあまりひっくり返っていた。
そろそろ言いたいことも溜まってきただろうと仕事帰りに寄ってみたのだが。

「おいっ。!なんなんだよいったいっ」

「ああレイス。ごめん。適当にその辺座っててよ」

「適当って言っても」

適当も何もない。
いつもはちゃんとイスもテーブルもあって、部屋の様子もシンプルながらも年相応の女の子仕様に
まとめられているのに、今日のこれは元の部屋とは別の場所のようにあちこちに物が散らばっている。
それに何やら先程からやっていることは訳がわからない。

。ちょっと聞くけど」

「なに?」

「おまえの今やっていることは?」

「は?見ればわかるでしょう?」

「まあ、そりゃ見ればわかるけど」

だが問題なのはその中身だ。

「その鍋の中の物は?それにこの臭い」

「ああ、もうっ!そう、それよっ。聞いてよレイス!
 私の上司ったら私みたいな素人つかまえてやってみろって、いきなり薬の調合やらせたのよ!
 自分がやったのを見ていたからできるだろうって!そんなの一回見たきりでできるわけないじゃないっ。
 それにあんなものに気を取られて覚えるなんてできないし薬草のことだって何にも知らないのに!」

何を思い出したのか、の鍋をかき混ぜる手がブルブルと震えている。

相当ショックなことがあったらしいがまさかそれで?!

「自分でやってみているのかっ」

「そうよっ。だって悔しいじゃない。あんな理不尽な態度を取られるなんて。
 少しでもあいつを見返してやろうと思って練習してるのよ!」

異様に燃えるの気迫に呼応するように鍋の中身がよりいっそう強烈な香りを漂わせた。

「勘弁してくれ」

力なく呟く声とため息には全く気付いていない。
それどころか、ルティへの恨み言を言いながら鍋への集中を切らす様子はない。
今までとは違ってここまで燃えるを見るのはレイスも初めてだった。

まあ、当事者としては経験済みではあるが今回ばかりは自分も匙を投げるかもしれない。
でもそう思いながらも結局は話を聞くんだろう。
仕方ない。なんだかんだ言っても自分はが好きなんだから。
それが恋愛感情なのか友情なのか自分でも判断がつかないがを見捨てられない事だけは
事実である。これは相手にも譲歩を求めるよう話さないといけないだろう。

レイスの苦難の日々はまだ続きそうであった。



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