ルティ・フェニキア編
          第十七話



「…………」

自分の名前を呼ばれたような気がした。
熱さのあまり意識が朦朧としてきたへと届いたもの。
遠ざかっていた意識が戻され、自分の状況を思い立たせた。

「痛くない?」

炎に包まれていたであろうに何ともないのはなんで?

「いっ、嫌っ!」

へと届く炎を遮っていたもの。
それはルティであるフェニックスの翼だった。
包み込まれるように遮られた炎。男へと向けられていた炎は憎しみの篭もった高温の火で出来ていた。

「やめてっ!」

ルティ自らが生み出した炎がルティの体を溶かしていく。
憎しみのみの暗く深い澱みの感情が不死である存在を消すことができる。
自ら生み出した炎が自らの身を焼き尽くす究極の苦しみ。

「嫌……よ。絶対にだめ。私の前から消えたら許さないから!!」

傲慢とも言える言葉に込められているのはルティへの執着心。激情がの体を支配する。
炎に包まれたルティへと手を伸ばしたの指先から瞳から零れた涙の雫が伝い、炎へと落ちていった。

次の瞬間、炎が爆発的に燃え上がり温かい光が空間を埋め尽くす。

「気持ちいい」

傷ついた身体が癒されていく。
圧倒的な光と炎に支配されは暗闇へと意識を手放したのだった。



                               *

暗い道が続いている。は一人で歩いていた。
何の目印も明かりもない。わかるのはどちらの方向へ進めばいいのかだけ。
けれど、の足取りはしっかりしている。

もう迷わない。一つの気持ちだけが支配している。
行き着く先には希望があるだけだ。

「光だわ」

走っていた。逸る気持ちを押さえ、光へと走っていく。
そしては光へと飛び込んだ。



                           *

鳥の声が聞こえる。
閉じていた瞳をそっと開けるとそこに映るのは見慣れた風景。

「作業室?」

仕事が詰まっている時などにルティが泊まっている作業室隣の小さな寝室。
そこのベッドには体を横たえていた。

「私どうしてここに?」

記憶がぼんやりして混乱する。

確か私……

「そうだっ!ルティ、ルティは?!」

最後に残る記憶は炎に包まれたフェニックス。
血の気が引き、震える体を必死に宥め透かせは頭の中を占める人を探しに行こうと体を起こしかけた。

「うるさいぞ。黙って寝ていられないのか」

開く扉と共に入ってきたのは機嫌の悪さを隠そうとせず苦虫をつぶしたような表情をしたルティだった。



「ルティ!」

の呼ぶ声に答えるようにルティは黙っての元へと近付いてくる。
何故か背後にはサーシェスを連れて。
折り合いのあまり良くないサーシェスにの眉があがったがそれよりもルティの容態の方が心配だった。
外から見た限りではどこも怪我をしている様子はない。



ルティの声にはっと気付く。
いつの間にか頬を伝って静かに流れるのは透明な雫。
胸の痛みが増す中瞳を閉じたの頬に優しく温もりが触れた。

「私……」

流れる涙をそっと拭い、深みを増した茶色の瞳がを優しく見つめる。

「僕は大丈夫だ。もうどこにもいかない。消えもしない。全ては終ったんだ」

「終ったの?」

「災いは消え去った、とりあえずは」

ルティの後ろに黙って立っていたサーシェスがのベッドへと近付くと手の平をそっとの額の上へと乗せた。
いつも顔色の変わらないサーシェスの手は冷たいと予想をしていたが、思ったより温かみを感じた。

自然と閉じた瞳の奥に感じるのは熱い脈動。

「心配はない。おまえの力の影響は完全に抜けている」

「本当に?」

「私の力を疑うつもりか?この程度のことを間違えるようではおまえの力さえ抑え切れない。
 でなければおまえはおまえでいられなかったはずだ。そうだろう?」

「そうですね」

いつもと違い素直にサーシェスの言葉を取るルティの顔からはどこか緊張にも似たこわばりが残っている。
サーシェスはそんなルティを見てフッと笑うとへと向き直った。

「いつまでもそんな所にいるなんておまえには似合わない」

真剣な表情といつもと違うどこか労わりさえ感じる口調には戸惑ったが瞳を逸らさずぶっきらぼうに返した。

「そうですね」

わかっている。
自分がこんな所にいたら何をすることもできない。
ルティの傍にいることも、そして彼を守ることも。
傍にいたい、守りたいと思うのなら早く良くなれ、とサーシェスは言っているのだ。
多少は自分に対してのいたわりの気持ちもあるかもしれないがほんの一部に過ぎない。
そうとしか認めたくない。

「ありがとうございました」

ベッドの上で小さく聞こえないように呟いた。
部屋を出て行くサーシェスにはそんなの声が聞こえたらしい。
後ろ背に小さく手を上げると扉を閉めた。



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