ルティ・フェニキア編
第十六話
呆然と立ち尽くすの耳を突然引き裂くような音が襲い掛かった。
「…………痛いっ!!」
頭がおかしくなる程響く鳴き声。
それは悲しみと痛みと苦しみと、たとえ言葉はなくともルティの心の声が込められた声だった。
「自らの傷は自ら塞ぎ、力を使い過ぎれば我を失くす。その結果、辺りには破壊のみが残る」
形を持つものだけでなく、人の命、心さえも壊してしまう。
それがルティの、フェニキア家の真の血を受け継ぐものの呪いだった。
「でも……」
開いた口から出た言葉が震えている。
男は当然だとばかりにを見たが、は違う意味をこめてゆっくりと首を振った。
「破壊があれば、創造もあるわ。全部が全部悪いものだと決めつけることはないじゃない!」
「だったらおまえはルフィアの死は当然の出来事だったというのかっ。
あれは仕方がないことだというつもりなのかっ」
「そんなことは言ってないっ!
それに結果が悲しいことになってしまったけれどルティが直接やった訳じゃないんでしょう?!
だったらルティのせいじゃないじゃないっ」
言葉を叩きつけるように言ったせいで肩が息苦しさのあまり思いきり上下する。
何故全てをルティの所為にしてしまうのか。
原因がないとは言わない。男の気持ちもわかる。
自分が愛するものがもしそうなってしまったらと思うと心が張り裂けそうになる。
でも、全てのものの意志が全てを動かし、結果へと導いた。
ルフィアも自分の意志で動いていたのに!
男は感情を押さえ込み羽ばたき続けるルティに視線を向けた後へと戻した。
暗く深い闇を湛えた眼。
「そうだ。おまえをあいつの傍から消してしまえば全てうまく行く」
呟かれた言葉は笑顔と共に狂った感情を交えていた。
*
「そんなことしても何にもならないわ」
半ば正気を失っている男を刺激しないようには務めて冷静に対処しようとしていた。
だが、究極に追い詰められている所為もあるのか、ルティと自らの身を守る手段は思いつかない。
とにかく、何とか男の気を逸らしてどうにかこの場を打開するようにしなくてはどうにもできないだろう。
そう考えを巡らせていたに男の反応は予想以上に早かった。
「なるさっ。俺と同じ痛みを背負えばいいっ!!」
笑顔を浮かべたまま、男はナイフを振りかざすとへとその手を振り下ろした。
目の前に迫り来る刃に体は反応できない。
自らの体を襲う痛みを覚悟したはギュッと強く目を瞑った。
「うあぁーーーっ!!」
一瞬の静寂の後、に訪れたのは痛みではなく、代わりに男の苦悶の悲鳴があがったのだった。
*
見開かれたの瞳にまるで一つの絵として映る。
時を止めたようにそこにあるのは消え去った音と色。何も聞こえないはずはないのに音は耳に届かない。
ただただ、赤と金色と光だけ。
男の手から先に炎が見えた。
ナイフは取り落とされ、男は痛みに耐えながら必死に己を苦しめている火を消そうとしている。
周囲の温度が急上昇し、街灯が炎の熱を受け溶け出したのか形を崩しかけていた。
そしてフェニックスが小さく羽ばたいた瞬間、の体は自然に男へと向かって走り出した。
男を襲う炎が見えた。
何故走り出してしまったのだろう。
庇うように男の前に立つの脳裏に浮かんだのはただ自然に動いていた自分への疑問とルティの笑顔だった。
迫り来る炎が怖いとか、男を助けたい理由なんて思い浮かばなかった。
走り出してしまった自分への問いかけと照れるのを隠しながら微笑むルティの顔。
それだけを考えて、そして炎を前には静かに瞳を閉じた。
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