ルティ・フェニキア編
         第十八話



「すまなかったな」

サーシェスが去った後、ルティと二人きりになった途端、彼の口から謝罪の言葉が飛び出した。
ルティは傍にあったいすをベッドの脇に引き寄せるとどうしていいかわからないといった様子を
見せながらも黙って座る。しばらく所在なさげに視線をあちこちへと飛ばしていたルティはやがて何かを
決心したのか膝の上に組んだ両手の上に俯いた顔を乗せてと話ができる体勢をとった。

「ルティ、大丈夫なの?」

そんなルティを気遣いながらもは我慢できずに問いただす。
緊張を完全には解かなかったが首を縦に振るとルティはポツポツと話し出した。

「驚かせてしまったな。もう一つの僕の存在には」

瞳と瞳がぶつかる。
悲しそうに揺れる瞳には何も言わず、黙って首を横に振った。

「あれは……もう一人の僕。破壊の力と癒しの力を併せ持ったフェニキア家の象徴だ」

「……フェニックスが?」

「癒しの力を持つ一族の究極の力。あまりにも強大な力を持つために人の中に存在することも難しい。
 周りのものにも被害が大きいから」

「ルティ」

「事実だ。たとえ認めたくなくてもその事実は変わらない。僕の意思でなくても実際に起こってしまっていることでもある。
 だからあの男が僕に恨みを持たずにはいられなかったのもわかるんだ」

「でも」

「おまえにははっきりと言っていなかったな。
 ルフィア……僕の姉は一族、いや両親を交えた家族の中でも僕を見捨てずにいてくれた唯一の人だった。
 何の力もなく蔑まれるように育って自分でも自分の存在理由を持てなかった頃も、強大な力を持って周りが恐怖の心を
 持ちながら僕を利用しようと近付いて来た時も何も変わることなく接してくれた。
 一人きりで寂しかった僕の心を暖かく包んでくれた彼女。だからどうしてもルフィアに傍から離れて欲しくなかったんだ」

一端言葉を切ってを見て笑う。
寂しさと痛みの混じる微笑みがの胸を痛くした。

「でもその結果、僕は最悪の道へとルフィアを引き込んでしまったんだ。
 彼の怒りが僕に向けられるのは間違っていないし、恨んでも仕方がないと思っている」

「彼ってあの男のこと?」

「ああ」

「フェニキア家の人……なのよね?」

「彼は一族の人間だけどルフィアの婚約者でもあったんだ」

お互いに惹かれ合っていた
そう呟くルティの声が震える。
それ故に失ってしまった後の彼の気持ちがおかしくなってしまっても仕方がないとも。

は黙ってルティの手を探るとギュッとその手を握り締めた。震えを止めるように。

「たとえそうだとしても」

ルティの手を励ますように再び強く握るとはしっかりと言葉をルティの心に送るように告げる。

「たとえそうだとしても、ルフィアはルティを守りたかった。
 他の何に変えても守りたかったから今ルティはここにいるの。
 ルティが命を終りたいと思うのならそれはルフィアの心を踏みにじってしまうことになってしまわない?
 ルティはあの時私をかばって一度命を失った。そうよね?」

「……ああ。でも僕は」

「完全に命が失われることはない、そう言いたいのかも知れないけど…… 
 ルティ、それってその場を見ることになった者にとってはものすごく辛くて痛いんだってことわかっている?
 ルティがそういう状況に陥ることは体も心も傷ついてそして何かを失っている。
 今までのルティっていう一人の人間から違う人間に変わってしまうってことよ。
 それがどうして平気でいられるっていうのっ!!」



その気持ちはルフィアと自分は同じであっただろうと思う。
溢れる涙が乾いたの頬を濡らして行く。自分の痛みを見てみぬ振りをするルティに涙が止まらなかった。

「自分で自分がわからなかった。もうどうなってもいいと思っていた。それなのに」

握り締めていた手が握り締められていた。その強さに驚いた。

「それなのにおまえが来てから調子が狂い始めて。
 ルフィアの存在がなくなってから抜け殻のようになっていた、強い執着がなかった僕がいつの間にか
 引きずられるようにおまえへと関心を持った。
 段々とおまえへの感情が自分でも気が付かないうちに変わってきたんだ」

「ルティ」

、おまえを失いたくないと思った。
 二度と繰り返したくない。僕を守って命を落とす大切な人を黙ってみているなんて。
 僕の力の限りおまえを守りたかった」

「私が悲しむかもしれなくても?」

「何も考えられなかった。ただおまえを守りたい、その気持ちだけだった」

「意地悪ね」

「フェニックスの力が暴発して意識が無くなりかけた時も、おまえのことしか思い浮かばなかった」

「本当に勝手よ」

心の中に入り込んできて全てを奪い去っていってしまった。

「知らない振りができない。強引で意地悪で口が悪くて。
 それなのにどうしてこんなにあなたが好きなんだろう」

「負けず嫌いで素っ気無くて意地を張っていつもなら見ていても通り過ぎていくだけなのに
 どうしても惹かれずにはいられなかった。
 時々見せる悲しい顔に心が痛くなったのは、おまえを諦めなくてはいけないと思っていたから」

好きになってはいけないと思っていたから苦しかった。
覆い隠していた自分を解き放って見せてくれたルティの本心。
握り締めた手が優しく引っ張られる。
そしてはルティの壊れ物を扱うような両手にそっと抱きしめられた。



                      *

「まったく、おまえは昔から無茶ばっかりするんだから」

あきれたようで怒ったレイスの顔。数年前まで見慣れたその表情には軽く頭を下げた。

「ごめん」

「いいさ。大事にはならなかったし解決したんだろ?」

「うん」

「ならいいさ」

深くは追求しないレイスには感謝の意味もこめて再び頭を下げた。
いつも心配ばかりかけているのはわかっていたが、つい昔からの癖と言うか、
レイスならわかってくれるという安心感から自分の思う通りに行動してしまった。
事後承諾で散々同じことを繰り返してきても最後には許してくれるとわかっていたから。
だがこんなことをしてもレイスはの行動を制限しようとしない。それがお互いの甘えでもあるし
お互いの関係かもしれなかった。

「それで例の男は結局どうなったんだ?フェニキア家の人間だったんだろう?」

「ええ。……結局ルティの進言もあってここから離れたフェニキア家の領地に
 行くことになったの」

「それだけで大丈夫なのか?」

「幽閉に近い監禁らしいから」

「そっか」

フェニキア家の一族の判断では本当は一族の名から外して国外追放か、場合によっては最悪の事態の所まで
意見が出ていたらしい。
しかしそれをルティが自分にも同じ刑罰をと申し出た。
自分の所為でこういう事態になったのだから責任を取りたいと言ったのだが大事な力の持ち主を失っては困ると
却下されたと言う。表向きの理由はだが。

「僕という危険な存在を目の届かない所に行かせるのは自分達の首をも
 締めるかもしれないって危機感を持っているみたいだな」

かと言っていなくなっても象徴がなくなってしまう。
そんな理由から生かされているんだ、とルティは微笑んだ。
その笑顔があまりにも寂しそうで胸が痛くなったが、知らない振りを決め込んで黙って頷いた。

男達の怪我はルティが癒しの力によって全てを元通りにした。
強大な力の暴発はどうやったか知らないが、事態を知って現場に駆けつけたサーシェスによって
抑えられたらしい。これだけの強烈な事態を忘れることはないはずなのだが、その辺りもサーシェスが
うまく収めたようだ。
全てが初めの状態に戻ったように、ルティに残った力は元からあった癒しの力だけと言う。
もちろんこの先力が治まったままでいるのかどうかまではわからないけれど。

この結果は意識を失っていたのでどこまで本当かはわからない。
あのサーシェスがどうやって、と疑問は残るけれど聞くのも怖いし本人に聞くなどと厄介で
面倒になりそうなことは嫌なので放って置いた。

「それでどうするつもりだ?」

「どうって?」

「わかっていてそうでるか」

「だって」

あと三日で国へのお勤めも終わる。ルティもわかっているはずなのになにも言わない。

だから決めた。意地を張るのも止めて自分は自分なりに気持ちをぶつけてみようって。

「もう決めてるんだな」

「嫌って言わせないわ」

「おまえの気持ちが決まっているのなら最後には誰も何も言えないさ」

レイスはそう言ってポンポンとの頭を叩いた。
昔からのを励ます時の仕草。勇気が沸いて出てくる。

「絶対に私は諦めないから」

誰にもルティにも絶対に文句は言わせない。
私は私の意志でルティの傍にいたい。
怒って泣いて笑って毎日を一緒に過ごしたい。

ルティ、あなたが好きだから絶対に逃がさない。



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