ルティ・フェニキア編 
         第十四話 



辺りに立ち込める煙と音が炎の勢いを物語っていた。

を守るために立ちはだかっていた姿はその炎と同じように今では彼女さえも拒絶している。
表情は見えないが、全身でこの世全てを否定し拒んでいた。

「そんなことしかできないのか」

「……なんだと」

「おまえはいつでもそうやって自分から全てを拒絶すれば何事も無事にすむと思っているのか。
 力があろうとなかろうと関係ない。いつだっておまえは変わらない、変わろうとしない。
 それだからおまえは繰り返すということがわからないのか」

炎の熱にあおられながらも男はルティを睨み続けていたが、やがてその視線をへと向けると吐き捨てるように
言葉を放った。

「この女も同じように見捨てるのか。彼女のように、ルフィアを見殺しにした時のようにっ」

「違うっっ」

「その通りだろう!ルフィアはおまえを守るために命を落とした。
 何の力もない、破滅しか生まない……たった一人の弟を守るためにっ!」



                                 *

「おとう……と……?」

彼女が……ルフィアがルティのお姉さん……?

ルティが大切に、何よりも大事に思っていた少女。
彼女の前だけでは心を開いていたとサーシェスからも聞いた。

その彼女が?

「あの日、おまえを守るために彼女は嘘をついた。
 一族の者の言葉を聞かず、ただ破滅へと導きをもつ者のために。
 そして、その結果……ルフィアは自らの身を破滅へと導いた」

「違うっ!ルフィアはっ」

「違わないっ。お前達が待ち合わせていた場所。そこは一族の者たちが見張っていた。
 だからルフィアはお前が既に来ているかのように振る舞い、そして……」

男は言葉を一度切ると、何かをこらえるように唇を噛み締めた。
唇の端から血が一筋つたい、地面へと雫が落ちる。
そんな男の様子を見るルティの表情は静かだった。

「おまえに言われなくてもわかっている。ルフィアが僕のせいで命を落としたことはわかっているんだ」

「ははっ。認めたな。おまえがルフィアの命の火を消したことを認めたんだな。
 ははは……はははははっ」

それは異常と言わざるを得ない光景だった。
先程まで憎しみをこめた瞳でルティを睨んでいた男はいまや狂気の宿った瞳を空へと向けていた。
体全体を震わせ、その笑い声は止まらない。本当に正気なのかと疑われても仕方のない様だった。

「ルフィアのことは僕に原因がある。それは逃れようのないことだし事実だ。だがには関係がないっ」

「……なんだと」

は僕とは関係ない。ただ制度に従って来ただけで去っていく、それだけのことだ。
 おまえが狙うことなどないっ」

「ルティ」

その言葉を聞いた瞬間、胸を締め付けられたようにギュッと痛みが走った。
頭がガンガンして考えもうまくまとまらない。
ルティの言葉だけがその痛みの中でおぼろげに渦を巻いて漂っている。

「ごまかすつもりかっ!おまえがいるだけでまわりのものを巻き込んでしまう。
 おまえがどう考えているかなんて知ったことじゃない。おまえの存在そのものが罪だというのに!!」

言葉と同時に剣を持った男がルティへと走りよりそして時間(とき)が止まった。



                           *

「あ……」

悪夢を見ているようだった。
たった今、目の前で起こったことが本当に現実なのか、それさえも考えたくない程それは衝撃的で残酷な一場面。

「はは、はははははっ。やった。とうとうやったぞ」

男の声ばかりがこだまする。
恍惚な表情さえ浮かべ、男は気が狂ったようにただ笑い続けていた。

「ルティーーーーッ」

銀朱の月明かりが影さえも無くすほどにあたり一面を照らす。
その光がルティの姿を余計に浮き立たせていた。

「ああ……、うそ……うそよ」

の瞳に映るのは男の剣を己の体に突き刺したままのルティの姿。
剣はまるで体と同化したように離れる様子はない。

「ルティ、ルティッ」

あふれる涙を拭いもせずにルティへとが駆け寄ろうとした時

「くるなっ」

鋭い声が掛かったのだった。



                           *

「ルティッ」

痛みを堪え、歪んだ表情。
痛みの為に意識も時々遠のいているのか、足元がふらついている。
荒い息を吐きながらも、へと向ける視線は強く鋭かった。

「……逃げろ」

「え……」

「早くここから逃げろ。僕の意識が残っているうちに……早く」

「ルティを置いていくなんて出来るわけないでしょうっ。待ってて、今行くから」

「駄目だっ。僕のことは…あ…やめろ…嫌だ…間に…合わないのか。
 あ……あああーーーーーっ」

咆哮のような声がルティの口から漏れる。
そして辺りは光に包まれた。



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