ルティ・フェニキア編
         第十三話



「わかっているなら話は早い」

取り囲んでいる中、一人の男がに向かって進み出た。
どうやらこの男が主謀格らしい。油断のないその動きによりいっそう緊迫感を与えられる。

「……随分余裕なのね」

正体を隠しもせず人気がないとはいえ、街中で襲い掛かってくるとは思ってもいなかった。
つまりそれだけ確実に口を塞げるとでも言いたいのだろうか。
その口を塞ぐ手段や結果を考えたくはないが。
頭の中ではそう考えながらも辺りへと目を走らせる。

逃げ場はない……か。

追い詰められているというのに、どこか冷静でいられるのはどうしてだろう。

「きっと自分でも予想していて、覚悟していたんだわ」

フフッと小さく自嘲気味に微笑む。

そんなの様子が男の気に障ったのかもしれない。
先程まで遠巻きに囲んでいた男達の気配が殺気立ったかと思うと少し距離を縮め、
へと視線が突き刺さった。

「おまえはこの事態がわかっていないようだな」

「いいえ。そんなことはない。十分わかっているわよ」

「なら、今の自分がどれだけ絶望的な立場にいるかもわかるだろう」

「そうね」

本当に自分でも不思議だった。
心の一部はこの状況に痛いほどの緊張感と不安感を伝えているがそれでも
それよりもっとルティへの気持ちの方が強い。
最近の疲れて苦しくて追い詰められた顔を思い出すと、今よりもっとその状況が続くことの方が耐えられなくて、
それが自分への強さへと変わっていくような気がしていた。

「……その余裕な態度、いつまでも続くと思っているのかっ」

男の苛立ちが爆発する。

「わかっていると言ったでしょう!」

は声と同時に手に隠していたものを思いっきり地面に叩きつけた。
小さな衝撃と共に白い煙が辺り一面を一瞬で覆い尽くす。

「な……っ」

こちらが反撃に出るとは思ってもいなかったのだろう。
不意をつかれた男達はまともに煙に巻かれ、油断なく張り詰められていた神経がフッと緩んだ。

今のうちにっ!

まともに対抗していては自衛手段をもたないではとても敵わない。
先日襲われた時のことを考えてこうして不意をつけるものを用意しておいて良かった。
これもルティに教わった薬作りの延長のようなものだったが。
自分の目が痛くならないうちにとその場から急いで立ち去ろうとしたの腕を後ろから引き戻すように掴まれ、
思いっきり引っ張られた。

「きゃあっ」

「逃げられると思うな」

殺気を帯びた視線がその腕の痛みと同じくらいに突き刺さる。
ほとんど抱き込まれるようにして男の腕に引き込まれた。

「やめてっ!!」

「おまえは大事な取引き材料だ。逃がしてたまるか」

相手への、ルティへの執着の篭もった痛みがの正気を奪いかねないほど降ってくる。

もう駄目だ……。

が観念してその目をギュッと瞑った時、その声は聞こえてきたのだった。



                                 *

「やめろっ!!」

声と同時に衝撃がおき、体が痛いくらいの力で抱き込まれる。
不意を食らったのか、男が勢いよく突き飛ばされ地面へと投げ出された。
突然の展開にほんの少し呆然として男を見ていたは我に変えると自分の体に回された腕の持ち主を
確かめんと顔を上げるとそこには想像通りの表情をした少年の顔。

「ルティ」

「馬鹿かっ、おまえはっ!あれだけ注意しろって言ったのにっ。おまえには学習能力がないのかっ」

眉をあげ険しい表情のまま、立て続けに言葉が投げつけられる。
だが、その言葉とは裏腹にを包み込む腕は強く優しいものだった。

「下がっていろ」

身じろいだ男へチラと視線を走らせ、口を開きかけたを後ろに下がらせるとルティは男へと向かい合った。

「やはりあなたは危険だ」

抑えた腕から滲み出る血は赤く深みを帯びている。
月の光を浴び、より一層痛みをかもし出しているように見えたが、男の声の震えはそれ以外のものを感じられた。

「おまえがを傷つけたのか」

「……そうだったら」

「おまえを許すわけにはいかない」

「おまえの大事なものが再び失われないように?」

「……なんだと」

声がでない。先程までのルティといっぺんにして空気が違う。
男の出した言葉がこの場の空気を換えた。殺気が男へと突き刺さっていく。

「おまえが招いた事態を再び繰り返さないために?
 ……とんだ偽善者だ。全てはおまえの行動が、おまえが存在することがこの事態を招いたというのに」

「やめろ」

「おまえが誰かを傷つけているというのに」

「やめろ」

「おまえが生きているからおまえの命と引き換えに消え去るものがいるというのに」

「やめろっ!!」

引き裂かれるような痛みを伴った声。
その声と同時に辺りは炎に包まれたのだった。



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