ルティ・フェニキア編
　　　　　　　　　第十一話



さあ宴をはじめよう
銀朱の月がその光を深めるとき
光の下に集いしもの、迷いを抱えしものたちはすべてを解き放つ
それが救いなのか絶望なのか、行き着く先は誰にもわからない



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊

「ごめんね。忙しかったんでしょう？」

「いいや。もう後は片付けるだけだったんだ。気にするなよ」

そう言いながら手に持っていた書類をトントンと机の上で揃え引き出しへとしまうと
レイスはが座っている向かいのソファへと腰を下ろした。
言葉だけでは仕事はさほどいつもと変わらないように聞こえるが、その顔に浮かぶ憔悴の色は
以前に見かけたよりもには深く感じられて仕方がない。
だが、そんな忙しいところを割いてもらってでも、にはレイスと会わなくてはならない理由があった。

聞くことを決めた時も随分悩んだ。
レイスに会う事でレイスの身にも何か危険が迫るかもしれないと言うこと、それにレイスに会うということは
ルティとの約束を破るということ。
一方的とはいえ、約束をしたのと変わりはないだろう。
それに自分が動くことで自分以外の人に危険が及ぶかもしれないことだってあるはずだ。
そんなことはだって重々わかっている。
だが、そうだとしても自分が納得をしていなければ気にかかるし、理由がわからないから不安になるのは
何かがあった時のためにも決していい状態ではない。
だから、よりいっそう聞いておかなくてはならないと思ったのだ。
そうすれば危険が迫ってきたとしても、回避できる方法や対策もあるのではないだろうか。
少しでもその可能性があるのなら、ルティの心の痛みを少しでも軽くできるのかもしれないのなら
自分のことなんて後回しでいい。

「……偽善者ね。私も」

もっともらしいことを考えているけれど本当はそればかりじゃない。
私が今動いている理由はその他の事の方が大きい。

「彼女のことを考えたくないから」

「？」

「ううん、なんでもない」

気にしないで独り言だから、とレイスに言う。
今私の心の中は醜い嫉妬の色で染まっている。ルフィアの存在を消してしまいたいほどに。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊

小さな緊張感が漂うのは久しぶりのことだった。
自分とレイスの間で空気が変わるほどの緊張感がもたらされるなど、それこそまだお互いがお互いのことを
わかっていなかった出会いの頃のことではないだろうか。
レイスにも今日が来た理由を何となく察しているに違いない。
いつもなら自分から話を促しているだろうに何も言わず、が話し出すのを黙って待っているレイスの表情は
冷静さを失わずにいた。

「レイス」

「おまえの言いたいことを言えよ。俺は黙って聞いていてやるから」

まずはな、と言いながらレイスは軽く微笑んだ。
その微笑みは全てを甘やかしてしまうものではなく、とにかく自分の心の内を吐き出してしまえと促す仕草に
感じられた。
そんなレイスの優しさにもやっと少し微笑むと訥々と話し始めたのだった。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊

「おまえ……」

話し終えた後、レイスは力なく呟くと片手で顔を覆った。
どこか疲れたように身体もソファに思いっきりもたせ掛ける。
だが、いったい話のどこが、レイスがこのような態度にでるようになったのかさっぱりわからない。
はレイスの身に危険が迫っている上で上司の事件やルティとの関係を話し、それはどういう意味なのか
問いただけなのにどうしてこんな反応が出てくるのだろう。

「いつものおまえはどこへ行った」

レイスの張りのある声が響いた。
の心の奥底にある脅えに突っ込むような、そんな鋭い言葉だった。

「いつものおまえはどこに行ったんだ。いつからそんな守りの姿勢に入った？
　俺を傷つけるとか相手を傷つけるとか、そんなことを考える前におまえはやるべきことをやっているのか？
　それこそそんな時間などないんじゃないのか」

「レイス！そんな言い方！」

「してもいいんだよ！今更これくらいでめげるおまえでもないだろうがっ。
　それにこんだけ言ってもわからないなんて、おまえも相当きちまってるのか？！」

「なにがっ！」

「なにがじゃないっ！そんなこともわからないからおまえはいつものおまえじゃないって言ってるんだ！」

イライラと言うとレイスは立ち上がりの手を掴んで自分の前に立たせた。

「レイスッ」

「。俺の目をまっすぐ見ろっ！」

「レイス……いたっ」

「俺の目が見れないのか？」

痛みを訴える右手はレイスのむき出しの感情をそのまま伝えているみたいで
にはやりきれなかった。
まるで自分の心のごまかしを暴かれるみたいで怖くて堪らない。
だからレイスの瞳もまっすぐに見ることができないなんて。

「ルフィアと同じに扱われるのが嫌なんだろう？」

「…………」

「ルフィアと同じに思われるのが嫌なんだろう？
　いや、違うか。ルティのルフィアへの気持ちより自分への気持ちが小さいかもしれないことを
　確かめるのが怖いんじゃないのか」

「そんなんじゃ……」

「認める方が楽になれるぞ」

そうなのだろうか。

確かにレイスに言われたとおり認めてしまった方が楽になれるかもしれない。
自分の中だけでなく、言葉にしてださないと意味がないのだと思う。
ただ、これまでの自分にそこまでの勇気はなかった。
現実と認めている振りをして本当は認めたくなかったのかもしれない。
ルティの上に起こる非現実さを。



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