次なる場所へ
平凡で変わらない毎日から抜け出したくて旅に出た。
どちらかと言うと不器用な方に入るリンディにとって新しい事の連続である毎日は精神的にきつく、
直ぐにでも帰りたい気持ちになったことも何度かあった。
けれど今こうして振り返ってみるとその時は必死で気がつかなかったが不安に思っていたことの一つ一つは
いつの間にかちゃんと乗り越えられることができていた。
もちろんその中には成功だけでなく、失敗もあってその度に自分は駄目だと底抜けに落ち込みもしたけれど。
それでもそれは決して無駄ではなく、小さいながらも見えない所でリンディの支えとなっていた。
「それじゃあ行ってくるわね」
「ああ。俺はこの辺りで適当に待っているからゆっくり行ってこればいい」
しっぽを振りながら答えるノーガはどこかご機嫌だ。
でもその気持ちもわかる気がする。
永遠に続くと思われた砂漠を抜け、天空の遺跡を無事訪ねることができたのだ。
これから数多の苦難を超え目的地に辿り着くことは考えるだけで気が遠くなるけれど今回の事は今まで以上に良い経験となったと思う。
動かなくては決して体験できなかったことを自分の中に残すことができた。
それにやっと小さいながらも村に辿り着くことで精神的にもひと息着ける。人恋しいではないけれど生き物の気配を感じることができるのは
どこかほっとした。ノーガは人里に入ることはできないけれど外には鬱蒼とした森があるからここで腹ごなしをすることもできるだろうし。
リンディはノーガに後ろ手を振ると村へと向かって歩き始めた。
「ありがとう、おばさん」
野菜や携帯食の入った袋を受け取るとお金を棚越しに渡した。
街とは違って村はあまり流通がないのが普通だが、どうやらこの村はちょうど街道沿いにあるせいか
地で取れた野菜類だけでなく、ちょっとした携帯食も売っていた。
肉類はその都度捕れる時に手に入れていたが、他のものはこうして人の住む場所へと差し掛かった時にしか補充することはできない。
嵩張るのが難点なので携帯食はすごく助かる。
予想外の収穫にリンディは思わず鼻歌など歌いながら村の外へと歩き始めていたが、先程から背後に感じる重苦しい気配に
大きく息を吐きながらゆっくりと足を止めた。
「何の用?」
ため息なんか付き尽くしたと言うのに、どうしていつもこうなるのだろう。
人様に迷惑をかけることなど何もしていないというのに、まるで悪いことをしたかのようにいつも追い掛け回される。
旅に出る前の自分は目立たなくて大人しくて、普通にしていると気がついてもらえないほどの存在だったと言うのに。
「やっと追いついたぞ」
男の言葉にゆっくりと振り向いた。
見覚えがある。確かに以前に追っかけてきた男の一人だ。確か……
「エルダ?」
「違うっ!エルドだ。エルドッ!もう何度か会っているんだ。いい加減覚えろっ」
「そんな事言ったって覚えていられないわよ」
「おまえにその気がないからだろっ」
必死で旅をしてきた経験はリンディの身に良い方向で付いた。
自分でも気がつかないうちに歩くことは早くなり、様々な道を通ってきたから足腰は自然と鍛えられた。
体力も見違えるほどだ。
だが、それも一人ではこうはいかなかった。旅の道連れがノーガだったから、ここまで来られたのだと思う。
慣れるまではいろんな意味で大変だったし、精神的にも辛かったけれど違う種族(人間と狼)でお互いが反発しあい、
理解し合おうとしたからいつの間にか今の自分に変わることができた。
もちろん今の所はよくてもこの先もうまくいくという保証はない。
しかし、お互いの事を知らないからお互いの立場を考えることができるようになった。
行き違いもある。喧嘩もする。
それは知ろうと思うからそうなるのだ。そうなっても共にい続けるのはお互いがお互いをもっと知りたいと思うからだ。
もし、お互いが同じ人間同士だったらそこまでうまくいっただろうか。
相手に自分と同じものを感じてしまったらここまでの自分になることができただろうか。
「私には他のパートナーを考えられないほどの相手がいるからよ」
男に向かってニッコリ微笑む。壮絶な、恐怖さえ感じる微笑。
知らずに一歩引いてしまった男に構わず、リンディは同時に踵を返して村の外へと走り出す。
「っ!待てっ!」
「誰が待つもんですか」
手に持った袋がガサガサいうのもお構いなしに全速力で一気に村の出口付近まで走った。
「お、早かったな」
食事をきちんと済ませたようでノーガは既に村の入り口で待っていた。
そんなノーガを走ってきた勢いで追い抜きそのまま走り続ける。
「おい、リンディ!?」
「ノーガ、早くしないと追いてっちゃうわよ」
「て、おいっ」
慌てるノーガに後ろから追い討ちをかけるようにエルドの声が聞こえてきた。
「……おい、またか?!」
「ノーガ、早くっ!」
怒りながらも呆れたように言うノーガの声が追ってくるのを背に聞いてリンディは足を止めない。
信頼をしているから、してもらいたいから。
その顔には何の混じり気もない微笑みを浮かべ進む。
最高のパートナーと共に次なる奇跡の場所へ。
next back novel