天空の遺跡
全てを手に入れられたらいったいどういう結末が訪れるんだろうか。
やっと目的の地デルタに足を踏み入れたリンディはその結末の一つをまざまざと目にしていた。
荒れ果てた大地はかつて繁栄を築いていたに違いなかったが今はその遺品とも言うべき朽ちたものが
辺りに転がっているだけだ。
金銭的な価値あるものは既に何者かによって盗掘された後である。
現在この場にあるのは歴史的に重要だというものしか残っていない。
もちろん、一部のコレクターにとってはどれだけの金額を払っても欲しいものではあるだろうが。
それでもここにあるのは過去の繁栄の残骸とも言えるものだけだった。
「リンディ」
疲れたような声が自分を呼ぶ。
振り向くと舌をだらりと出し足取り重くやってくる一匹の狼の姿。
普段太陽の光を燦々と受け銀色に輝く美しい体も今日は銀色と言うよりは灰色に鈍っている。
いったい何があったというのだろう。体力はもちろん、気力も自分よりもあるというのに。
「ノーガ?何かあったの?」
「何か?何かなんてもんじゃない!」
興奮気味に話す言葉は唸りを伴って聞こえた。
余程気にいらないことがあったのだろうがそれにしてもここまで初めから不機嫌をばらまくノーガは珍しかった。
「もう何百年って時間が過ぎているって言うのにこれは何だよっ。
くそっ、気分が悪くて仕方がない!」
「何百年って……それは確かにこの場所にいるといい気分ばかりじゃないけど……」
「おまえには感じられないのか?!
おまえは単にその当時のことを思い浮かべて気分が悪いんだろうが俺が言うのはそんなものじゃない。
まだ当時の欲望とか妄執とか、負の感情が残ってるんだよっ!!」
「負の感情…?」
デルタではいくつかの争いが繰り広げられた。
ただでさえ争いは良いことを呼び込まない。
それが人間の根底にある感情…本能に近い感情であればある程それは強く高まるだろうし、いろいろと影響をするのだろう。
何と言ってもここは天に近い場所、神の住みし場所と言われた所なのだから。
「意識しなくとも俺には感じ取れるし流れ込んできてしまう。希望と幸福と同時にそれ以上の後悔と苦しみが」
何かを振り払うように全身を振るわせるノーガは目に見えないものや感情にまとわりつかれたように苦しそうに見えた。
「形あるものよりも重いものがここにはあるのね」
人々がこの地から去ってどれだけ長い時間が過ぎようともその想いは囚われ続けていると言うことなのだろうか。
この手に触れる歴史の重みよりも重い、自然と伝わってくるものが心の中を蹂躙して放さないのかもしれない。
それは一つのことだとしてもそれぞれに違った形で訪れているのだ。
「幸せだとか不幸だとか自分以外の者が決め付けるのは簡単だ。
だけど本当の感情は本人にしかわからない。それとも……自分でもわかっていないのかもしれないな」
栄光を極めた地に住むことは地上に生きる者にとっては最高の幸せであったに違いない。
それでも実際に幸せの中で過ごしていたのかは今となってはわからない。
だが、ここが最高の幸せを掴める場所と信じて人々は目指してきたのだ。
たとえ命令のように無理やりだったとしても、最終的には自分の意志でここに来ることを決めた。
それでどのような結果になろうともそれは選んだ本人に責任がある。
過ぎた時間は戻らない。取り戻すことは出来ない。
感情に囚われているだけでなく、ノーガは自分のことも重ねてしまったのだろう。
迷いながらの日々。それでも前に進むしかない。
理想を、何か掴めることを信じて進んできたのは自分の意思。
たとえ自分の思い描いていた結果と違う結果になろうともそれを選んだのは自分なのだ。
どこかで納得がいっていないとしても自分の想いがある限り旅は続く。
逆を言えば何も掴めていないとしても、自分さえ諦めるという納得をしてしまえばその時点で旅は終わりを告げるのだ。
そしてそれを選んだことで不幸なのか幸福なのかも。不幸とか幸福という言葉自体が間違っているのかもしれないけれど。
「怖いな」
「うん」
感情は動いていく。時間と同じように。
自分の意志がしっかりしていなければ移り行く不安定なもの。
でもだからこそ、私達は成長をし続けていけるのかもしれない。
「果てはどこにあるんだろう」
この地に降り立つことができてよかった。
完全に掴むことは出来なくとも何も変わらないということはなかったのだから。
想いと行動と他の不特定多数の何かが自分を明日へと導いてくれている。
それが無意識だとしても。
「本当に空に近いのね」
「神の住む場所、か」
変わらないで欲しい地と広がる空間を見ながらリンディは変わり続ける自分を探すために
ノーガと共に自分が歩き続ける場所への道を辿り続けて行く。
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